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タイの今日は何の日? 11月5日は学生がタマサート大学を軍から取り戻した日

2026年11月4日 配信

毎日お届けする「タイの今日は何の日」。11月5日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。

1951年11月5日、タマサート大学の学生たちが、軍に占拠されていたタープラチャン校へ集団で入り、大学を取り戻しました。現在、この日は「タマサート団結の日(วันธรรมศาสตร์สามัคคี)」として、大学の歴史を象徴する重要な日となっています。



1951年11月5日、学生たちがタマサート大学を取り戻す

1951年11月5日、タマサート大学の学生たちが、軍に占拠されていたタープラチャン校へ入り、大学を取り戻しました。

背景には、同年6月に発生した「マンハッタン反乱(กบฏแมนฮัตตัน)」がありました。

事件後、タイ陸軍はタマサート大学の敷地を占拠し、大学側はタープラチャン校を使用できない状態となりました。

学生たちは一時、ネティバンディットヤサパーやトリアムウドムスクサー学校など別の場所で授業を受けることを余儀なくされました。

さらに軍側からは、大学の土地を政府が買収する案も出されました。

これに対して学生たちは大学を取り戻す運動を展開。1951年10月11日には2,000人以上の学生が国会へ向かい、政府に大学の返還を求めました。

そして11月5日、1,000人を超える学生たちがバスなどでタープラチャン校へ向かいました。

大学を警備していた軍部隊は学生たちを阻止せず、学生たちは武力衝突や流血を伴うことなく大学構内へ入り、タマサート大学を取り戻すことに成功しました。

この出来事は後に「タマサート団結の日」と呼ばれるようになりました。

現在、タープラチャン校のドーム棟付近には「11月5日 タマサート団結の日」を記念するモニュメントが設置されています。

タマサート大学評議会も11月5日を大学の重要な記念日の一つとして認定しており、現在も毎年関連行事が行われています。

日本・世界では

日本では11月5日は「津波防災の日」です。

2011年の東日本大震災を受けて制定された「津波対策の推進に関する法律」により、毎年11月5日が津波防災の日と定められました。

日付の由来となったのは、1854年の安政南海地震の際に起きた「稲むらの火」の逸話です。

現在の和歌山県広川町で、濱口梧陵が津波の襲来を察知し、刈り取った稲を積み上げた「稲むら」に火をつけて、村人を高台へ誘導したと伝えられています。

なお、当時の旧暦では安政元年11月5日ですが、現在の暦では1854年12月24日にあたります。

世界では1605年11月5日、イギリスで国王ジェームズ1世や国会議員らを爆殺しようとした「火薬陰謀事件(Gunpowder Plot)」が未遂に終わりました。

カトリック系の一団が、国会議事堂の貴族院地下に大量の火薬を仕掛け、国王が出席する議会開会式で爆破する計画を立てていました。

しかし前日の11月4日夜、地下室を捜索した当局がガイ・フォークスと36樽の火薬を発見し、フォークスを逮捕しました。

翌11月5日、事件の発覚が国会で正式に記録されました。

この事件をきっかけに、イギリスでは11月5日に「ガイ・フォークス・ナイト」や「ボンファイア・ナイト」と呼ばれる行事が行われるようになり、現在も花火や焚き火などで知られています。

※出典
タマサート大学「สถานที่สำคัญ มธ.」
タマサート大学「มอบรางวัลจิตวิญญาณธรรมศาสตร์ และเข็มเกียรติยศธรรมศาสตร์สามัคคี」
プリディー・パノムヨン研究所「รำลึกชาตกาล มารุต บุนนาค」
防災庁「津波防災の日(11月5日)について」
UK Parliament「October 1605-1606」
UK Parliament「Frequently Asked Questions: The Gunpowder Plot」