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世の中にあふれるニュースやSNSの投稿、職場での噂話……それらを鵜呑みにして一喜一憂したり、知らず知らずのうちにストレスを抱え込んだりしていませんか?「タイ在住者」という立場であればなおさら、飛び交うさまざまな情報やコミュニティ内の評判に振り回されがちになるかもしれません。
今回、私がインタビューしたのは、異色の視点から世の中の本質を捉える「変人ポー」氏。彼が提示するのは、現代社会を生き抜くための驚くほどシンプルで強力な思考法です。私たちが普段「事実」だと思い込んでいるものの99%は、実は誰かの「意見」に過ぎない――。他人の言葉に人生の舵取りを奪われないための極意を、じっくり伺ってきました。
(インタビュアー:梅田隼人)
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梅:ポーさん、よろしくお願いいたします。最近はSNSの普及もあって、情報過多で疲弊したり、人間関係で悩んだりしている人がとても多いように感じます。そうした悩みに対して、何か根本的な解決策はあるのでしょうか?
変:さて、改めてですが、あなたの人生、うまくいっていますか?これまで思考についてそれなりに話してきましたが、それでもまだ「なんだかうまくいかないな」「人間関係で疲弊しているな」と感じているのなら、今日話す内容はきっと役に立ちますよ。なぜなら、世の中のほとんどの人が、ある重大な勘違いをして自ら人生を難しくしてしまっているからです。逆に言えば、この勘違いをなくせば、人生はだいぶ楽になります。
梅:その重大な勘違いとは、一体何なのですか?
変:一言で言うと、「事実」と「意見」をゴッチャにしている、ということです。
梅:「事実」と「意見」を混同している……?正解を正しく見極められていない、ということでしょうか。
変:「え、そんなこと?」と思いましたか?でも、これが驚くほど私たちの人生に大きな影響を与えているんです。大事なことなのでもう一度言いますね。私たちは、誰かの「意見」をまるで揺るぎない「事実」かのように勘違いして一喜一憂し、時には間違った判断を下し、人生の貴重な時間を無駄にしているんです。
たとえば、テレビや週刊誌で報じられる芸能人のスキャンダル。「誰それが結婚した」「離婚した」「不倫した」。これらは一見すると「事実」のように見えますよね。でも、ちょっと待ってください。まさか、あなたがその現場を直接見たわけではないですよね?それは、あくまでメディアというフィルターを通して誰かが解釈し、編集したその人の「意見」に過ぎないんです。自分で確認するまでは、ね。
梅:確かに、自分の目で見確かめたわけではない情報がほとんどですね。SNSなどでも同じ現象が起きていそうです。
変:SNSで流れてくる情報もまったく同じです。誰かがシェアしたからといって、それが「事実」とは限りません。たとえその情報が元をたどれば事実だったとしても、私たちがそれを自分の目で確認するまでは、あくまでシェアした人、あるいは発信者の「意見」として受け止めるべきなんです。
この「事実」と「意見」を見分けるクセをつけるだけで、人生は劇的に変わります。情報に振り回されなくなり、人間関係の悩みも軽くなり、そして何より、自分自身の頭で考え、自分の足で人生を歩んでいく「思考力」が身につきます。今日はこの見分け方と、それが自己実現や社会とのつながりにおいていかに重要かをお話ししていきましょう。
梅:そもそも、なぜ私たちはそれほど簡単に誰かの「意見」を「事実」だと錯覚してしまうのでしょうか?
変:一つ、身近な例を挙げてみましょうか。たとえば「コロナは人口削減が目的だ」とか「闇の政府にワクチンで操られる」といった、いわゆる陰謀論。これを信じてしまう人がいますよね。他にも、カルト宗教への洗脳や、SNSでまことしやかに語られるフェイクニュースを疑いもせずに「いいね!」したりシェアしたりしてしまう。これらはすべて、誰かの「意見」を「事実」だと勘違いしてしまった典型的な失敗例です。
なぜこんなことが起きるのか。情報を流す側の心理としては、それが個人であれば「周りの人はこの真実(と本人は思い込んでいる)を知らないから教えてあげよう」という、歪んだ自己承認欲求が根底にあることが多いです。そして、もしそれがビジネス、特にメディアであれば理由はもっとシンプル。「儲かるから」です。大衆の不安や怒りを煽るようなセンセーショナルな記事はアクセス数を稼ぎ、広告収入につながる。非常に理不尽な現実ですが、それが現実なんです。
梅:発信者側の都合や欲望が絡んでいるわけですね。では、受け取る側の心理にはどういった問題があるのでしょうか。
変:問題は受け取る私たち側にもあります。なぜいとも簡単に信じてしまうのかというと、私たちが常に「答え」や「確証」を求めているからです。不確かな世の中で、断定的な意見はまるで暗闇を照らす一条の光のように魅力的に見えてしまう。自分で考える手間を省き、誰かの意見に飛びついてしまう。それが勘違いの始まりなんですよ。
梅:では、身近な職場や人間関係の中で起こる「事実」と「意見」の混同についても伺えますか?特に悪口や陰口といった問題は、どこでも発生しがちですが……。
変:もっと日常的なレベルで、この混同がどれほど人間関係をややこしくしているか見てみましょう。ここにAさん、Bさん、Cさんという三人の人物がいるとします。ある日、AさんがCさんと会話中、Bさんの悪口を言いました。「Bさんって、仕事ができない上に性格も悪いんだよ」。それを聞いたCさんは「へえ、Bさんってそういう人なんだ」と、Aさんの言葉を情報としてストックしておく。
この状況、そこらじゅうで起こっていませんか?あなたの職場でも、友人関係の中でも心当たりがあるかもしれません。ここで重要なのは、Aさんが言った「Bさんは仕事ができなくて性格が悪い」というのは、Aさんの「意見」であって、決して客観的な「事実」ではないということです。
梅:確かに、それはAさんの印象に過ぎませんね。
変:ここで質問ですが、Aさんにそんな悪口を言わせているものは、一体何だと思いますか?
多くの人はこう考えがちです。「Bさん自身に何か問題があるから、悪口を言われるんだろう」と。つまり、悪口の出どころは言われた側のBさんにあると錯覚してしまう。Bさんに原因があるからAさんは悪口を言うのだ、とね。しかし、これは根本的に間違っています。厳密に言えば、その悪口の原因はそれを言っているAさんの中にあります。悪口の出どころは、ずばりAさんの「思考」です。AさんがBさんに対して「仕事ができない」「性格が悪い」と感じ、そう思考し、Aさんの口から出てきたAさん個人の「意見」に過ぎないのです。
梅:悪口を言う本人の内面に原因がある、ということですか…
変:それが「事実」かどうかは、Cさん自身が自分の目でBさんを見て、実際にBさんと関わって、事実確認をしてから判断すべきことなんです。
そして、この話にはもう一つの重要な真実が隠されています。それは、この状況を冷静に観察できる「思考力」がCさんにあれば、Cさんはまったく違うものを得られるということです。思考力のあるCさんは、Aさんの、Bさんに対する「意見」を右から左へと聞き流します。そして、その代わりに、ある「事実」を確認しているんです。
梅:どのような事実でしょうか?
変:それは、「Aさんは、他人の悪口を平気で言うような思考パターンを持っている人間なんだな」という事実です。
人を見かけや誰かの評判で判断してはいけません。外見ではなく、その人の「思考」を見て判断するのです。その人が何を言うかではなく、なぜそう言うのか、その思考のパターンを見抜くこと。これが、人間関係における「思考力」の真髄ですよ。
梅:他人の言動を見抜く力は非常に大切ですね。一方で、自分が誰かから批判されたときに落ち込んでしまう人も多いと思いますが、これについてはどう捉えればよいでしょうか。
変:それも、私たちが誰かの「意見」を「事実」と勘違いして失敗する非常によくあるパターンです。「他人からの批判」に潰されてしまうケースですね。
誰かから批判されると、私たちは深く傷つきます。「自分はダメな人間なんだ」「才能がないんだ」と自己肯定感を失ってしまう。しかし、よく考えてみてください。その批判は本当に「事実」なんでしょうか?
いいえ、違います。批判なんてものは、所詮その人個人の「意見」に過ぎません。その人がどんなに偉い専門家であろうが、社会的地位のある人であろうが、たった一人の人間の主観的な「意見」でしかないのです。
梅:批判もまた、一つの「意見」でしかないと。
変:この世に絶対的な正解などありません。ある人にとっての「正解」は、別の人にとっては「不正解」かもしれない。にもかかわらず、私たちは他人の「意見」という名の物差しで自分を測り、一喜一憂し、勝手に落ち込んでいる。これは言ってみれば、他人に自分の人生の舵取りを明け渡しているようなものです。他人の意見に足を引っ張られて、自分の可能性を自ら潰してしまっているんですよ。
特に社会に出ると、嫉妬ややっかみから根も葉もない批判や非難が飛び交います。足の引っ張り合いが渦巻く人間社会の中で、この「事実」と「意見」を混同しないスキルは、自分の心を守り、自分らしく生きるためにものすごく重要な武器になります。覚えておいてください。他人の意見はあくまで参考にするべきものであって、信じるに値するものではありません。あなたが本当に信じるべきなのは、あなた自身が自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じた「事実」だけです。
梅:感情に揺さぶられず、客観的な「事実」に目を向けることが自分を守る防壁になるわけですね。では最後に、この「思考力」を日常で鍛えるために、明日から実践できるアクションがあれば教えてください。
変:さあ、どうでしょう?「事実」と「意見」を見分けることの重要性、少しは感じていただけたでしょうか。
明日からできる具体的なアクションをお伝えしますね。それは、何か情報に触れたとき、誰かの話を聞いたときに、心の中で一度立ち止まり、こう自問自答するクセをつけることです。
「これは、事実だろうか?それとも、誰かの意見だろうか?」
たったこれだけです。テレビのニュースを見ながら「このコメンテーターが言っていることは事実に基づいているのか?それとも個人の感想や推測に過ぎないのか?」。SNSの投稿を読みながら「この衝撃的な話、一次情報は何だろう?発信者はどんな意図でこれを広めようとしているんだろう?」。上司に叱られたとき「上司の指摘は客観的な事実に基づいたものか?それとも上司の感情的な意見が混じっていないか?」。
このように、一つひとつの情報を吟味し、仕分けるトレーニングを繰り返すことで、あなたの「思考力」は確実に磨かれていきます。
情報に振り回される人生から、情報を使いこなし、自分の人生を創造していく人生へ。その第一歩は、「事実」と「意見」を見分けることから始まります。人の意見はあくまでも参考程度にしておいて、事実をもって判断していく。それが、これからの時代を賢く、強く、そして自分らしく生き抜くための最強のスキルです。ぜひ今から実践してみてください。目に見える世界が、きっと違って見えてくるはずです。

<内容紹介>
『変人ポーの人間力』
もっと早く読んでいれば……!母国日本の未来を圧倒的スケールと独自哲学で綴る啓蒙書。テクノロジーの現代に必見の英知を凝縮した一冊。葉装家 稲荷重藏氏推薦!
『変人ポーの平和論』
世界80億人が必見!”それ”を維れ新めるにはこの本にあるような教育が必要だ。教育は、全てである。 郷士坂本家十代目 坂本匡弘氏推薦!
全国の書店、Amazon、Kindleにて好評発売中!


『変人ポーの人間力』『変人ポーの平和論』二冊同時出版をしたその理由とは!?
別書『人間力』はこれからの時代における自己啓発がテーマとなる。具体的にはテクノロジーとグローバル社会においての“超実践的”自己啓発本で、本書『平和論』 はその“超具体的”方法論の一つをまとめた内容となっており、両書は“対”になっていることが特徴だ。そしてこれは“知識”と“知恵”の対のことであるとも言えよう。つまり、知識の『人間力』、知恵の『平和論』ということにもなり、どちらか一方が欠けてもその魅力は半減してしまう。
ここで知識と知恵の違いについては、変人ポーの言葉をそのまま引用する。
「知識はあくまで知識だ。知識は行動を伴うことにより知恵となる。そして、この知恵は答そのものだ」
よって書籍『人間力』だけでは単なる自己啓発本に過ぎず、これでは従来の自己啓発本とともに単なる知識で終わってしまうこととなる。書籍『人間力』は、知恵の『平和論』という背景があってより現実的な哲学として完成する。
また書籍『平和論』だけでは机上の空論、あるいは“事実と意見の違い”もわからぬままに誤解され兼ねない。書籍『平和論』は、知識の『人間力』という裏付けがあってはじめて現実的な方法論となる。
本書を読み終える時にはこの意義が本当の意味で理解していただけることを祈念しつつ、ここに紡いでいく。
<『変人ポーの平和論』はじめにより抜粋>
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