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タイの今日は何の日? 9月25日は自由タイ運動8,000人がバンコクを行進した日

2026年9月25日 配信

毎日お届けする「タイの今日は何の日」。9月25日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。

1945年9月25日、第二次世界大戦中に日本軍への抵抗活動を行った「自由タイ運動(ขบวนการเสรีไทย/セーリータイ)」のメンバー約8,000人が、バンコクのラチャダムヌン通りを行進しました。終戦から約1か月後、全国各地で活動していたメンバーが首都に集まり、公の場に姿を現した歴史的な出来事です。



1945年、自由タイ運動約8,000人が大行進

1945年9月25日、全国から集まった自由タイ運動のメンバーがバンコクで大規模な行進を行いました。

行進はラチャダムヌン通りを進み、民主記念塔前を通過。摂政で自由タイ運動の国内指導者だったプリーディー・パノムヨンが、民主記念塔付近で行進を迎えました。キング・プラジャディポック研究所も、この日を全国の自由タイ運動参加者による行進の日として記録しています。

タイ国立映画アーカイブによると、参加者は約8,000人。各地方やさまざまな部門から集まったメンバーが、連合国側から提供された装備などとともに行進しました。

第二次世界大戦中に活動した「自由タイ運動」

1941年12月、日本軍がタイに進駐。その後、タイ政府は日本と同盟関係を結び、1942年1月にはイギリスとアメリカに宣戦布告しました。

一方、プリーディー・パノムヨンを中心とする国内勢力や、海外にいたタイ人の一部は自由タイ運動を組織し、秘密裏に連合国側と連絡を取りながら活動しました。アメリカでは当時駐米公使だったセーニー・プラーモートが中心人物となりました。

1945年8月、日本が降伏すると、8月16日にプリーディーは摂政として平和宣言を発表しました。

その約40日後に行われたのが、9月25日の自由タイ運動の行進です。

タイ国立映画アーカイブは、この行進について、タイが自国の主権を維持していることを国内外に示す意味を持ったものだったと説明しています。

行進を最後に自由タイ運動は役割を終える

自由タイ運動はもともと戦時下での地下活動として組織されたもので、戦争の終結によってその主要な役割も終了しました。

プリーディー・パノムヨン研究所の資料によると、9月25日の行進には約8,000人が参加し、プリーディーはその後、参加者に対して活動への感謝を述べています。同研究所は、この時期を自由タイ運動の活動終了の節目としています。

第二次世界大戦終結直後のバンコクを約8,000人の自由タイ運動メンバーが行進した9月25日。タイの戦時史と戦後への移行を象徴する一日となりました。

世界では

1957年9月25日、アメリカ南部アーカンソー州リトルロックで、アフリカ系アメリカ人の生徒9人「リトルロック・ナイン」が、連邦軍兵士の護衛を受けながらセントラル高校に登校しました。

人種分離を違憲とした連邦最高裁判所の判断を受けた学校統合に対し、激しい反発が起きていたため、アイゼンハワー大統領が第101空挺師団を派遣。9人は9月25日に初めて丸一日授業を受けました。アメリカの公民権運動史を代表する出来事の一つです。

※出典
キング・プラジャディポック研究所「25 กันยายน พ.ศ. 2488」
タイ国立映画アーカイブ「การสวนสนามของกองกำลังเสรีไทย」
プリーディー・パノムヨン研究所「ขบวนการเสรีไทย : พันธกิจที่ใหญ่ยิ่ง」
米国国立公文書館「60 Years On: The Little Rock Nine」