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タイの今日は何の日? 9月16日はサリット元帥による1957年クーデターの日

2026年9月16日 配信

1957年9月16日、サリット・タナラット元帥率いる軍がクーデターを起こし、プレーク・ピブーンソンクラーム首相の政権を倒しました。同年2月の総選挙をめぐる不正選挙批判などから政治的緊張が高まる中で起きた政変で、長くタイ政治の中心にいたピブーン政権に終止符が打たれました。



1957年、サリット元帥がクーデター

1957年9月16日、当時の陸軍司令官だったサリット・タナラット元帥が軍を率いて政権を掌握し、プレーク・ピブーンソンクラーム政権を倒しました。

背景には、同年2月26日に行われた総選挙があります。

この選挙をめぐっては不正があったとの批判が強まり、バンコクでは市民による抗議活動も発生しました。ピブーン首相自身も選挙に問題があったことを認め、新たな選挙を実施する意向を示していました。

一方、サリット元帥を中心とする軍部は次第に政府から距離を置くようになり、政府与党セーリー・マナンカシラー党から離脱。政府側との対立が深まっていきました。

そして9月16日午後11時ごろ、サリット元帥率いる軍が行動を開始し、政権を掌握しました。

このクーデターでは、当時施行されていた1952年改正の1932年憲法そのものは直ちに廃止されませんでしたが、人民代表院議員の資格は終了しました。

ピブーン首相は国外へ脱出し、トラート県からカンボジアへ向かったとされています。

クーデター後には新たな政治体制づくりが進められ、9月21日に外交官出身のポート・サーラシンが首相に就任しました。

その後、12月15日に総選挙が行われています。

ピブーンは1930年代から長期間にわたってタイ政治の中心にいた人物でしたが、1957年9月16日のクーデターによって、その政治時代は事実上終わることになりました。

2006年、ハートヤイ中心部で連続爆弾事件

2006年9月16日夜、タイ南部ソンクラー県ハートヤイの中心部で連続爆弾事件が発生しました。

事件は午後9時15分ごろから発生し、商業施設や繁華街など複数の場所で爆発が相次ぎました。

タイ国内治安作戦司令部第4地域前方司令部によると、事件では5人が死亡し、82人以上が負傷しました。犠牲者にはタイ人のほか外国人も含まれていました。

ホテルなどでは1,000人を超える観光客が緊急避難するなど、タイ南部を代表する商業・観光都市ハートヤイに大きな影響を与えました。

世界では「世界オゾンデー」

9月16日は「世界オゾンデー(International Day for the Preservation of the Ozone Layer)」です。

1987年9月16日、オゾン層を破壊する物質の生産や消費を削減するための「モントリオール議定書」が採択されたことに由来します。

国連は1994年、9月16日をオゾン層保護のための国際デーに制定しました。

タイは1988年9月15日にモントリオール議定書へ参加し、1989年7月7日に批准しています。

※出典
キング・プラジャディポック研究所「16 กันยายน พ.ศ. 2500」
タイ国会博物館「การเลือกตั้งสมาชิกสภาผู้แทนราษฎร」
タイ内閣官房「ลำดับความเป็นมาของคณะรัฐมนตรีไทย คณะที่ 27」
タイ国内治安作戦司令部第4地域前方司令部「16 กันยายน 2549 BRN ระเบิดกลางเมืองหาดใหญ่」
タイ天然資源・環境省「16 กันยายน “วันโอโซนโลก”」