|

毎日お届けする「タイの今日は何の日」。9月8日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。
1936年9月8日、現在のタイを代表する幹線道路の一つ「スクンビット通り(ถนนสุขุมวิท)」が初めて供用されました。現在は国道3号線として、バンコクからチョンブリー、ラヨーン、チャンタブリー、トラートを経て、カンボジア国境のハートレックまで続く重要な道路です。
1936年9月8日、現在のスクンビット通りが初めて供用されました。
当時は「バンコク-サムットプラーカーン道路(ถนนกรุงเทพฯ – สมุทรปราการ)」と呼ばれており、道路がサムットプラーカーン市内まで続いていたことから、この名称が使われていました。
その後、道路網は東部へと延び、現在では国道3号線として、バンコクのクロントゥーイ地区からチョンブリー、ラヨーン、チャンタブリー、トラートを通り、トラート県クローンヤイ郡のハートレック国境までを結んでいます。国境の向こう側はカンボジアのココン州です。
タイの全国的な道路網整備を推進した人物の一人が、道路行政を担ったプラ・ピサーン・スクンビット(พระพิศาลสุขุมวิท、本名:プラソップ・スクム/ประสพ สุขุม)です。
タイ初の全国的な幹線道路整備計画「タイ王国国道建設計画」の策定などに尽力し、タイの道路網の発展に大きく貢献しました。
その功績をたたえ、1950年12月10日、ピブーンソンクラーム政権はバンコク-トラート間の道路を「スクンビット通り」と命名しました。
現在では「スクンビット」といえば、バンコク中心部の繁華街や住宅地を思い浮かべる人も多いですが、道路そのものはタイ東部を横断し、カンボジア国境まで続く長大な幹線道路です。
1939年9月8日には、ピブーンソンクラーム政権が「国家文化政策(รัฐนิยม)第4号」を発表しました。
内容は、国旗、国歌、国王賛歌などに対する敬意の示し方を国民に求めるものでした。
官公庁などで国旗が掲揚・降納される際や、国歌が演奏される際には敬意を示すことなどが定められ、タイにおける国旗や国歌をめぐる習慣の形成にもつながりました。
1939年は、それまでの「サイアム」から「タイ」へ国名が変更された年でもあり、ピブーンソンクラーム政権が国家意識の形成を強く進めていた時期でした。
1951年9月8日、サンフランシスコで日本と連合国との間に「日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)」が調印されました。条約には日本を含む49カ国が署名し、翌1952年4月28日に発効しました。
同じ1951年9月8日には、日本とアメリカの間で旧日米安全保障条約も調印されています。
また1966年9月8日には、アメリカでテレビドラマ『スター・トレック』の放送が始まりました。
※出典
Thai PBS「8 กันยายน 2479 : เปิดใช้ “ถนนสุขุมวิท” เป็นครั้งแรก」
タイ道路局
タイ政府広報局「ハートレック国境検問所」
外務省「サンフランシスコ平和条約・旧日米安全保障条約」
関連記事
新着記事