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毎日お届けする「タイの今日は何の日」。9月23日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。
1902年9月23日、タイで近代的な政府紙幣の使用が本格的に始まりました。ラーマ5世の時代に「シャム紙幣法」が制定され、国民が硬貨を政府発行の紙幣に交換できるようになったものです。現在のタイで使われている紙幣につながる大きな節目となりました。
タイ銀行によると、ラーマ5世の治世だった1902年6月24日、「シャム紙幣法(พระราชบัญญัติธนบัตรสยาม รัตนโกสินทรศก 121)」が制定されました。
これに伴い、財務を担当していたกระทรวงพระคลังมหาสมบัติの下に紙幣を扱うกรมธนบัตรが設置され、政府による紙幣発行の仕組みが整えられました。
そして同年9月23日から、国民が金属貨幣を政府紙幣に交換できるようになりました。
タイ銀行は、この日以降、紙幣がタイの通貨制度の中で本格的な役割を果たすようになったと説明しています。
この時代に登場した第1シリーズの紙幣は、表面だけに印刷が施されていたことから、「ธนบัตรหน้าเดียว(片面紙幣)」とも呼ばれました。
額面は1バーツ、5バーツ、10バーツ、20バーツ、50バーツ、100バーツ、1000バーツの7種類。
印刷はイギリスのトーマス・デ・ラ・ルー社が担当し、1902年から順次流通しました。
ただし、タイで紙のお金が使われたのが1902年が初めてだったわけではありません。
ラーマ5世時代の1870年代には硬貨不足への対応として紙による代用通貨が作られたことがあり、外国銀行が発行する銀行券なども存在していました。
しかし当時は金属貨幣への信頼が強く、紙による通貨は広く定着しませんでした。
1902年に政府が制度を整えたことで、現在につながる紙幣の利用が本格化することになります。
タイでは紙幣を正式には「ธนบัตร(タンバット)」と呼びますが、日常会話では「แบงก์(ベーン)」という言葉も広く使われています。
タイ財務省の貨幣博物館によると、この呼び方は英語の「Bank Note」に由来します。
政府紙幣が登場する以前、タイに進出した外国銀行が発行した銀行券を「Bank Note」と呼んでいたことから、「แบงก์」という呼び方が定着したとされています。
1902年9月23日から124年。
財布の中で当たり前のように使われているタイの紙幣にも、長い歴史があります。
1889年9月23日、日本では山内房治郎が京都で花札の製造を始めました。現在の任天堂の創業です。
任天堂はその後、トランプなどの製造を経て、ゲーム機やソフトを世界で展開する企業へと発展しました。
任天堂の公式資料では、創業日は1889年9月23日と記録されています。
※出典
タイ銀行「วิวัฒนาการธนบัตร」
タイ銀行「ธนบัตรแบบ 1」
タイ財務省 貨幣博物館「23 กันยายน วันออกใช้ธนบัตรแบบแรกของไทย」
任天堂「会社の沿革」
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