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妻の死を受け入れられない夫、マーチの元に、愛する亡き妻、ナットが「掃除機」に憑依して戻ってきた…奇想天外なブラックコメディを予感させる幕開けから始まる映画『ユースフル・ゴースト』。
しかし、物語は観客の予想をはるかに裏切る方向へと加速していく。
マーチの家族が経営する工場を舞台に、ナットと同じく家電に憑依した従業員の怒りの大乱闘は、タイの労働問題を炙り出し、町の実力者の策略からは、不都合な記憶を葬り去ろうとする人間の醜さが浮き彫りになる。
次々と巻き起こる不穏な事件、そして劇中の背景や小物、建築物、文字の一つひとつが「微笑みの国」の暗部を 剥き出しにしながら、物語は衝撃的なラストへと突き進んでいく。
第78回カンヌ国際映画祭「批評家週間」でグランプリを受賞した本作は、ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督の長編デビュー作でありながら、「どのジャンルにも当てはまらない」とカンヌを騒然とさせた。
タイ国内でタブー視される表現にも真っ向から挑んだ、まさに唯一無二の「問題作」と言えるだろう。
今回は『ユースフル・ゴースト』の魅力や制作秘話を探る本企画の第2弾。
掃除機として戻ってきた妻ナット(ダビカ・ホーン)を変わらず愛し、彼女とともに「霊となった妻のこの世での存在意義」を模索する夫マーチ役を演じた、ウィットサルート・ヒンマラートが登場!
大ヒット歴史ラブロマンスドラマ『運命のふたり』(2018)で人気を博し、『The Next Prince』など、数々の話題作で存在感を示してきた彼は、本作で長編映画初主演という大抜擢となった。
また、同年作のNetflix『Tee Yai: Born to Be Bad』でも主演を果たしている。
※映画の詳細やラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督インタビューは第1弾の記事をお読みください。
タイ映画『ユースフル・ゴースト』ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督インタビュー 7月10日より日本全国公開

粉じん公害が深刻化するタイ・バンコク。最愛の妻・ナット(ダビカ・ホーン)を呼吸器疾患で亡くしたマーチ(ウィットサルート・ヒンマラート)は悲嘆に暮れる日々を送っていた。ある日、ナットの魂は掃除機に宿るかたちで舞い戻り、ふたたび愛を確かめ合う二人。その頃、マーチの家族が経営する工場では、死亡した従業員の霊が機械に取り憑き、操業停止に追い込まれていた。霊に悩まされる家族や社会から拒絶されたナットは、工場の除霊に協力することで、夫への真実の愛そして自らの存在を“役に立つ幽霊”だと証明しようとするが……。
――チューレン(タイのニックネーム)の「MOST(モスト)さん」でお呼びしてもいいですか?
もちろん!

――死んだはずの妻ナットが掃除機に憑依しても愛し続ける夫、マーチ役を演じたMOSTさんですが、この役のオファーを受けた理由を教えてください。
オーディションに行って、事前に与えられた情報は「掃除機を相手に親密なシーンを演じる」ということだけでした。「これはもう、特別な作品に違いない」と、ピンときましたね。
作品自体を気に入ったので、細かいことは気にせず、迷いもなく引き受けました。
――オーディションから凄い課題ですね。恐らくMOSTさんは「掃除機と親密なシーン」を演じた世界初の俳優なのではないかと思いますが、役作りについて教えてください。
実はその質問を一番多く聞かれているんですけど、未だに明確な答えができていません(笑)。ただ与えられて演じられた…。どの作品も役作りをしている時はいつもそうなんですが、特別なメソッドを使っているわけではありません。
確かに今回は掃除機との親密なシーンというかつてないシーンがありましたが、それに備えるためのメソッドもありませんでした。
ただ、監督の溢れる才能と、素晴らしい脚本のおかげで物語を信用できたせいか、すんなりと自分の中にマーチが入ってきました。そのシーンでは笑ってしまう事もなく、本当に自然に演じることができました。

――MOSTさんの演じたマーチは、妻の生死や姿に関係なく、周囲の冷たい対応に耐えながら、愛を貫きます。とは言え、ナットは幽霊であり掃除機、そしてマーチは人間。かなり変わった夫婦ですよね。ナット役のダビカ・ホーンさんとは、どんな話をしながら夫婦の絆を築き上げていったのでしょう?
もちろん彼女の演技が非常に上手い、というのはあるんですけど、短いリハーサルの期間には、もう自然とお互いに役に入り込んで、その関係性ができていました。特に努力をしたわけではないけど、その絆が生まれていった過程はよく覚えていますよ。
彼女自身、昨年結婚したばかりで「妻」という立場になったばかりなんですよ。
だから、ナットが家族とうまくやっていこうと努力するシチュエーションをよく理解していて、とてもうまく演じてくれたんですね。おかげで僕自身もナットが自分の妻だと信じられたし、 自分の役にもすんなり入っていけました。

――主演の一人としてこの映画で一番気に入っているシーンはどこですか?
一番好きなシーンは、この物語の語り部であるアカデミック・レディーボーイと、その物語をアカデミック・レディボーイに聞かせるクロンのとあるシーンです。
悲しくて、それしか方法がなくて、ロマンティックで…それなのに少し笑えます。
――映画には語り部のアカデミック・レディボーイ、と彼の元に尋ねてくる謎の男クロンの物語、ナットとマーチの物語と2つの軸があって、ナットとマーチは語り部のパート2人とは会う事もシーンが被ることもありませんね。もう一つの物語の出演者とは会うことができましたか?
何人かには会えましたが、同じ現場にいなかったので全員には会えなかったんですよ。
――私も語り部のパートは、途中から悲しくて泣けてしまい、やりきれない気持ちになりました。そして、ご自身の出演しているシーンでは、どこが気に入っていますか?
僧侶と大喧嘩するシーンですね。僧侶が人に向かって罵るなんてことはありえないし、喧嘩することもありえないから、映画の中でそれを体験できたことが楽しかったです。
――(笑)あのシーンは本当に爆笑しました。僧侶が下品でびっくりしましたよ。
映画館でも必ずあのシーンは笑いが起きるそうなので、僕もお気に入りです。

――僧侶とのバトルシーンもそうですけど、観客からすると冒頭はコメディ寄りのシュールなホラー映画なのかな?と思う要素があります。MOSTさんは冒頭からラストまで、目まぐるしく進む物語の中でマーチを演じていました。冒頭はコメディ要素も意識しながら、後半はシリアスに寄せた感じですか?それとも最初から最後までシリアスな演技を心掛けましたか?
マーチは過去の事件の記憶と共に忘れ去られてしまう人たちのために戦うという、強い意志を持っていたので、僕の場合はずっとシリアスに寄せて演技をしていました。
――『ユースフル・ゴースト』は、タイではタブーと言われる描写や社会問題をストレートに描いている作品です。海外ではそうではなくてもタイでは「問題作」でもあると思うのですが、家族の方や友達、周囲の反応はいかがでしたか?
実は公開されてから家族と一緒にこの映画を見に行きました。
父は何となく内容を理解したけど、映画が伝えている事、全てを受け入れることはできませんでした。政治観が違うので同意はできない部分があったようです。
母は作品自体を理解できないと言っていたし、祖母は寝てしまいました(笑)。

――ご年配の方や少し昔の世代の方には、内容的にそれを認めてしまう事が、難しいのかもしれませんね。
友達も観てくれたんですけど、こういった映画は見慣れていないので、見終わってから僕が説明しなければ理解できないようでした。
――「タイの暗部」を描くような映画に出演することは、なかなかチャレンジングだったと思うのですが、そのあたりはいかがでしたか?
かつてないほどワクワクしました。この映画に出演できたことを誇りに思っていますし、もっとこういった作品に出演したいと感じています。
この作品は出演したことで僕を違うレベルに持っていってくれました。そして、こんなに奇妙で、クリエイティブなダークコメディーはタイには滅多にないんですよ。貴重な経験になりました。

――主演として出演した映画が、カンヌ国際映画祭「批評家週間」 グランプリ受賞という快挙を獲得した感想を聞かせてください。
本当に信じられなかったです。まさかカンヌ国際映画祭に出品されるような作品に出演できるとは思ってもみませんでしたし、今後出演できるかどうかわかりませんけど、自分のキャリアにプラスになりましたし、誇りに思います。
――カンヌでのプレミア上映での反応はタイとはかなり異なりましたか?
大部分がタイ特有の内容なので、カンヌで上映された時、観客がユーモアを理解できないのではないかと心配していました。でも、実際には観客は理解してくれていましたし、とても楽しんで観ていました。

――カンヌに行ってみて、思い出に残った出来事はありますか?
うーん…全てが記憶に残っているので、一つ選ぶのは難しいですね(笑)。全てが特別な経験ばかりだったので。でも…やっぱり、プレミア上映の時ですね。観客と一緒に映画を観る機会が初めてで、観客の反応がダイレクトに分かりました。
タイ以外の国の人たちが、タイで何が起こっているのかをきちんと映画から理解してくれていたことが、とてもうれしかったです。監督が一番伝えたいことがその部分だったので…。
――この作品を通して成長したことや、考え方が変わったことはありますか?
『ユースフル・ゴースト』に出演したことによって、自分の視野が広がったし、
キャリアについても可能性が広がったと感じました。映画はメインストリームの作品だけではなく、様々な種類があることを知りましたし、自分が役者としてどこまでいけるのかという可能性が広がったと感じています。

――いよいよ『ユースフル・ゴースト』が7月10日を皮切りに日本で全国公開されます。この映画を観る日本のみなさんにメッセージをお願いします。
日本の皆さんにぜひ劇場でこの映画を見てほしいですね。
監督が本当に才能ある素晴らしい方なので、この映画を見て気に入ってくだされば、監督の過去の作品を遡ってご覧になってください。

時間通りに、爽やかな笑顔で現れた“MOST”ことウィットサルート・ヒンマラート氏。劇中のマーチ役は、最愛の妻を失い憔悴している設定もあり、正義感の強さの奥に、どこか弱々しさを滲ませる印象があったが、本人の佇まいはそれとは全く異なるものだった。
インタビューを通じて感じたのは、ブレない芯の強さと、決して奢ることのない実直で謙虚な姿勢だ。お気に入りのシーンを尋ねれば、まずは自分以外のキャストの見どころを挙げ、作品へのメッセージでも監督への賛辞を惜しまない。華やかな世界に身を置きながらも、決してそれに染まることなく、ひたすら己の芸を磨き続ける…その姿はまるで、孤高の職人のようだ。
本作の世界的評価によって、国際派俳優としての確かなステップを昇った彼が、これからどんな作品に出会い、どんな道を選び取っていくのか目が離せない。
ウィットサルート・ヒンマラート氏をはじめ、すべての出演者が惜しみなくその実力を出し切り、タイ国内のタブーにも臆することなく体当たりで挑んだ映画『ユースフル・ゴースト』。
奇想天外な世界観の裏に隠された剥き出しのリアルを、ぜひ劇場のスクリーンで目撃してほしい。
[取材・文:吉田彩緒莉(Saori Yoshida/Interview・text)]
監督・脚本:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク
出演:ダビカ・ホーン、ウィットサルート・ヒンマラート、アパシリ・ニティポン、ワンロップ・ルンカムチャット、ウィサルット・ホームフアン ほか
2025|タイ語、英語、イサーン語|タイ、フランス、シンガポール、ドイツ|130分|英題:A Useful Ghost|字幕翻訳:橋本裕充
配給・宣伝:SUNDAE(Powered by Filmarks)
© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.
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