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タイ映画『ユースフル・ゴースト』ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督インタビュー 7月10日より日本全国公開

2026年7月3日 配信

国際的な評価を不動のものとしつつあるタイ映画が、さらなる高みへ昇った。

「一体この映画はどのジャンルに当てはまるのか?」
観客を感嘆の渦に巻き込み、タイ映画史上初となるカンヌ国際映画祭批評家週間グランプリ(Nespresso Grand Prize)を受賞した『ユースフル・ゴースト』。監督は、長編映画デビュー作となる新進気鋭のラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督だ。



死んだはずの妻が「掃除機」の姿で戻ってくるという奇想天外な設定だが、「幽霊が当たり前に存在する」世界を描くことで、社会問題や都合の悪いことは消し去ろうとする人間の浅ましさ、欲深さをあぶり出し、ジャンルの枠組みを軽やかに飛び越えながら観客を予想もつかないラストへと誘っていく。

『ユースフル・ゴースト』は生死を超えた夫婦のラブロマンスかと思えば、血しぶきが飛ぶバイオレンスなシーンもあり、思わず笑ってしまうコメディ要素もある。さらに、PM2.5に代表される粉じん問題、歴史修正のために行われている過去の建造物の排除、労働搾取、政治的抑圧など「微笑みの国タイ」の暗部が容赦なく露呈しており、本国での上映には並々ならぬ勇気を要したであろう、鋭い描写に驚かされる。

それでも監督は、これらを包み隠さず描き切った。過激なシーンの底流には、登場する霊への深い愛情と「霊より人間の方が恐ろしくて醜い」というメッセージをストレートに突きつける、表現者としての誠実さが感じられる。

死後も現世にとどまり、夫と禁断の愛を深めていった女性の伝説「メー・ナーク・プラカノーン」に着想を得たという本作の主演は、Instagramのフォロワー数が驚異の1777万人超を誇るタイの国民的女優ダビカ・ホーン。掃除機に憑依して現世に戻ってくる妻・ナット役を演じたダビカは、奇しくもタイで空前の大ヒットを記録した『愛しのゴースト』(2013)でもメー・ナーク役を演じており、まさに運命的なキャスティングと言えるだろう。
ナットの夫・マーチ役には、タイで社会現象を起こした大ヒット歴史ラブロマンスドラマ『運命のふたり』で知られるウィットサルート・ヒンマラートが抜擢された。

主演の2人を含め、登場する5人のメインキャストは全員が主役級の個性的なキャラクター設定。それぞれが迫真の演技を披露しており、この突飛な物語に圧倒的なリアリティをもたらしている。

タイランドハイパーリンクスでは2回に渡り、『ユースフル・ゴースト』の魅力をインタビューでお伝えする。
第1回は、長編映画監督デビュー作で、いきなりカンヌ国際映画祭・批評家週間グランプリ受賞という快挙を成し遂げたラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク監督が登場!

ストーリー

粉じん公害が深刻化するタイ・バンコク。最愛の妻・ナット(ダビカ・ホーン)を呼吸器疾患で亡くしたマーチ(ウィットサルート・ヒンマラート)は悲嘆に暮れる日々を送っていた。ある日、ナットの魂は掃除機に宿るかたちで舞い戻り、ふたたび愛を確かめ合う二人。その頃、マーチの家族が経営する工場では、死亡した従業員の霊が機械に取り憑き、操業停止に追い込まれていた。霊に悩まされる家族や社会から拒絶されたナットは、工場の除霊に協力することで、夫への真実の愛そして自らの存在を“役に立つ幽霊”だと証明しようとするが……。

なぜ、掃除機なのか?家電は意外にあり得る幽霊の憑依先

――長編デビュー作品でいきなりカンヌ国際映画祭・批評家週間グランプリ受賞、おめでとうございます。

ありがとうございます!

――感想はいかがですか?

正直に言うと、この映画がこんなに大ごとになるとは思っていなくて、逆に感動しました(笑) 。素晴らしい賞をいただけて本当に嬉しいです。

――この物語は、タイで最も有名な幽霊メー・ナークの伝説が基になっています。これまでタイでは、この伝説を基にした映画が何度も制作されていますが、
『ユースフル・ゴースト』の面白さはメー・ナークをモデルにしながら、霊が掃除機に取り憑くという奇想天外なところです。これから映画を観る人・観た人、誰もが監督に聞きたいことだと思いますが、亡くなった妻の霊を掃除機に憑依させるというアイディアはどこから浮かんだのですか?

おっしゃる通りメー・ナークのストーリーは、タイで最も有名な怪談話ですが、最初から掃除機に霊を憑依させるというアイディアがあったわけでありません。

――そうだったんですか!



脚本の初稿段階では、まだメインキャラクターである幽霊は人間の姿を想定していました。ある時、映画の企画について人に話をするなかで「この幽霊ってどんな見た目なの?」と聞かれました。
その時点では脚本も完成していなかったし、具体的な見た目までは決めていなくて「人間の姿で顔を青白くしたり、グレーに塗ったり、幽霊的なメイクを施そうかな?」と言ってみたら、彼らが「それってオリジナルじゃないよね。よく見る幽霊映画のビジュアルだし、ゾンビ映画みたいだ。」と。
それならオリジナリティを追求しようと自分なりにリサーチした結果、たどり着いた先が掃除機でした。

――監督がどのようなリサーチを経てその結論に達したのか非常に興味深いです。

これまでの映画で幽霊がどのような描かれ方をしてきたのかを調査しました。大部分の映画は、やはり私たちが一般的にイメージする幽霊像で、人間の姿をしていることが多かった。サイレントフィルムでは、人間の姿が揺らめいていたり、透けて見えたり、足がなかったり……。
ただ、1980年代のアメリカ映画をリサーチしたとき、有名な『ポルターガイスト』もそうですが、人間の目には見えない幽霊が“物”を通して人間とコミュニケーションを取ろうとします。例えば、テレビが点いたり、消えたり、水道から突然水が出たり、急に窓が開いたりする。それを見て、幽霊は“魂として現れる”だけではなく、機械や物に“憑依”することがあると気づいて、これは面白いと思いました。
だいたい幽霊という存在は人間のように見えても、死んだ時点で人間ではありません。人間以外のものに憑依するとしたら掃除機はどうだろう?という感じだったと思います。

怖くない幽霊の現れ方を考え抜いた

――冒頭から登場人物たちが誰一人として幽霊の存在を疑いません。「そんなバカな!」とはならないんですよね。当たり前に受け入れていることで、観客は家電が話すことに違和感がなくなっていく描き方が素晴らしかったです。死んでも無になるわけではないという、幽霊に対する深い愛情を感じました。そのあたりは意識して制作されたのですか?

タイは幽霊を扱った映画作品が非常に多いです。登場する幽霊は、恐いし、呪われるし、登場人物が殺されることもあります。とにかく嫌われることがほとんどです。観客も「あ、幽霊ね。はいはい、怖いね。早く出て行ってね。」と思う。でも僕は、嫌われる以外の登場の仕方はないか、映画の中で幽霊がどういう形で現れたらいいのかと真剣に考えました。

とにかく掃除機が可愛すぎる

――映画が始まった冒頭では「なんだこれは?」と驚きながら映画の世界に吸い込まれていったのですが、不思議とだんだん掃除機がかわいらしく見えてきました。
特に病院までの坂道を登ってくるシーン、待合室で椅子に座って待つシーン。掃除機にリングのようなものがついていますよね。感情を表現する部品なのでしょうか?怒ったときや、感情が高ぶるときに赤く光っていたような気がします。

そうです、よく気づいていただけました(笑)。 気付いてくれる人は多くないんですよ。 丸いリングのカラーは基本的に赤・青・黄の3色で、感情表現のために作られています。映画の中では非常に限定的ですが、感情をあらわすシーンで光ります。

――夫の母親や親族と話をするシーンでは、吸い込み口が顔のように見えますよね。掃除機のボディがお辞儀をしているような角度であることも、なんとなく人間のように見える形でもありますが、販売されている既製品ですか?

掃除機はシンガポール人のデザイナーにオリジナルで作ってもらいました。6種類のデザインアイデアを出してくれて、僕が選んだのは一番笑える、一番実用的ではない掃除機。「こんな形の掃除機、誰も使わないよね?」という意味で、バカバカしい形を選びました。

主演女優のチャーミングな出演理由「掃除機役は演じたことがないので興味がある」

――今回主演の掃除機に憑依する霊、ナットを演じたダビカ・ホーンは、同じくメー・ナークをモデルにした映画『愛しのゴースト』で、メー・ナークを演じています。これは、メー・ナークに着想を得た作品だったから、彼女を主演にキャスティングしたいという思いからですか?



いえ、これは偶然幸運が重なっただけです。彼女が『愛しのゴースト』でメー・ナークを演じていたのは知っていて、共鳴するところがあると思ってはいました。ただ、その役を演じていたという理由で彼女を選んだわけではありません。
『ユースフル・ゴースト』のプロデューサーの一人が Netflixの『6IXTYNIN9(シックスティナイン ザ・シリーズ)』でダビカと一緒に仕事をしていたことがきっかけです。そのとき、彼女が「もう10年ぐらい長編映画に出ていないので、そろそろ長編映画の仕事をしたい。何か面白いプロジェクトがあったら教えてください。」とプロデューサーに話したそうです。そこで彼が「掃除機になる役がある。」と切り出すと「掃除機役?演じたことがないので、ちょっと興味があります。」と奇跡的に出演が実現した形です。

――(爆笑)…逆に掃除機役を演じたことがある人なんて、世界中を探してもいないでしょうね。

そうでしょうね(笑)。それで脚本を読んでもらったら、役を気に入ってくれて参加が決まりました。

――おそらく世界初の掃除機役だと思うのですが、彼女が掃除機になるにあたって何か特別な演技指導はしましたか?

まず撮影の前にリハーサルをして、感情が昂っていないフラットな状態でナットはどんな人物なのかを探ってみました。一番気をつけなければいけなかったのは、ナットと掃除機のペースを一緒にしなければならないということ。掃除機は走れないので(笑)。

――たしかに走れません(笑)。

掃除機のペースで動くということに注意を払いました。あえて演出したとすれば、もう一つ。感情をできるだけ抑えるということだけ話しました。

メインキャスト全員がリアルな演技で観客を映画の中に引き込む

――ダビカさんはもちろんなのですが、今回、メインキャストの方々の演技が本当に素晴らしくて、全員が主演なのではないかと思っています。例えばナットの義理の母を演じたOomさん(アパシリ・ニティポン(Apasiri Nitibhon)。1996年公開バード・トンチャイが日本兵コボリを演じる『メナムの残照』アンスマリン役で女優デビュー以降、様々なドラマで活躍)は、様々なプレッシャーに耐えてきた陰鬱さや疲れ果てた雰囲気が自然で、本当にああいう人なのではないかと思うほどでした。大女優ですから、人生に疲れ果てた普通の中年女性になりきらせることは大変だったのでは?

たしかに難しさはありました。撮影前、彼女は「テレビドラマ用の演技はわかるけど、あまり映画に出演していないので、どう演じていいのかわからない。」と正直に話してくれました。彼女は多くの作品に出演しているので、もちろん静かで抑えた役もよく経験していました。ただ、撮影に入ったばかりの頃は、僕も彼女のことがよくわからず、お互い同調するまで時間がかかりました。テレビドラマの演技はわかりやすくするために大げさになりがちですが、それを抑えることを伝えながら役を一緒に作り上げていきました。

「語り手の世界」と「語り手が聞いた物語の世界」2つの軸がある

――この映画は、アカデミック・レディボーイを自称する、トランスジェンダーの学者(ウィサルット・ホームフアン(Wisarut Homhuan))が「たった一つの塵の粒子が、ゲイとしての私の人生を永遠に変えてしまった。」と語るところから映画が始まり、意外な展開に進んでいきます。この映画のストーリーには、実は2つの軸があって、妻が掃除機になって甦るという話は、彼が謎の人物から伝え聞く物語の世界ですよね。このような構造にした理由はなぜでしょうか?

第3稿まで来たところで、どうしても脚本が進まなくなりました。ナットとマーチの物語以外の要素が必要だと思ったんです。そこでトランスジェンダーに彼らの物語を語ってもらうことを思いつきました。
理由の一つとして、僕は作為的な物が好きなんですね。「これは現実ではない、映画だ。」と観客がわかる構成にしたかった。語り手が伝え聞いた物語を観客に向けて語るという形で展開し、最終的には語り手自身が物語の中に入ってしまうという構造です。すると語り手の存在が、装置として、非常にうまく稼働すると思いました。

――そういった意味でも、アカデミック・レディボーイの元に現れる、謎の修理屋クロン(ワンロップ・ルングクムジャド(Wanlop Rungkumjad))は、2つの世界をつなぐ影の主役だと思っているんですが、最も難しいキャスティングだったのではないですか?

彼はタイのインディペンデント映画シーンでは知られていましたが、すごく有名というわけではありませんでした。2024年に台湾映画『MONGREL(原題:白衣蒼狗)』 で主演を果たして、2025年の台北電影奨で主演男優賞を受賞しています。彼と一緒に台湾に行ったことがあるのですが、 台湾では誰もが彼を知っていて、とても驚きました。
クロンは非常に難しい役どころなので、何人もの俳優に会って、話して演じてもらいましたが、ワンロップの演じ方が僕の解釈に一番近かったので、彼が適任だと思いました。

この映画をタイで公開する勇気に感服

――中盤まではナットが憑依した掃除機のかわいらしさや、掃除機vs冷蔵庫の激しい戦い、口汚いお坊さんの登場など、本当に笑ってしまうシーンが多いのですが、随所にタイの社会問題でもある粉じんの問題や、労働環境問題、日本でも大きく報道されたタクシン派(赤服)デモ隊の軍の制圧、反王室活動家の遺体がメコン川で見つかった実話など、タイの闇がストレートに表現されていて、とても驚きました。タイの劇場ではなかなか見ない過激なシーンが多かったので、タイでの公開はかなりの冒険だったのではないですか?



僕は何も隠さずに、実直にタイの社会問題や政治問題の話ができることが、ある種の贅沢だと思っています。
確かにこれまでのタイ映画は、政治的な話をする時にはメタファーを使ったり、シンボルを用いて「隠しながら話す」というスタイルでしたが、僕としては「もう新しい時代に入ったんだし、オープンに直接話をした方がいいんじゃない?」という気持ちで、直接的に描きました。

――タイでの映画公開後の反応はどうでした?

ものすごく色々な反応がありました。好きだと言う人もいれば、もちろん苦手だと言う人もいます。やはり政治的な問題を正面から表現しているから、タイ映画にしてはとても勇気がある作品だという声もいただきました。直接的過ぎて好きではないと批判されることもありましたよ。

僕の夢がひとつ叶った

――日本での全国公開が迫ってきました。日本の皆さんにメッセージをお願いします。

僕は日本映画の大ファンです。その日本で僕の映画が公開されることは、僕の願いが一つ叶ったってことでもあるので、本当にうれしいです。
日本の皆さんにこの映画を楽しんでいただけることを願っています。

――ありがとうございました。

取材を終えて

この映画には、マーチが頑なに勉強し、記憶に残そうとするものとして「暗黒の土曜日」らしき事件が登場する。この事件は、2010年にタクシン元首相派(通称:赤服)のデモ隊に対し、タイ王国軍が強制排除と実弾発射に踏み切り、日本人カメラマンを含む多数の死傷者(2,000人以上)を出した流血の惨事を指す。日本でも大きく報道されたことで覚えている方も多いのではないだろうか。
また、反王室活動家が逃亡先の隣国で拉致され、国境を流れるメコン川で体内にコンクリートを詰められた遺体として発見されるという、実際の事件をモデルにしたのでは?と思われるできごとも物語の肝として登場する。
監督は「現実と夢の境界が曖昧な世界が大好きで、自分の映画でもそうした世界を作りたい。」と別のインタビューで答えている。人間と掃除機に憑依した幽霊の愛が夢だとすると、現実に起きた忘れてはならない数々の事件が、現実の世界なのかもしれない。

映画の後半は、登場人物の背景や、何気なく映る景色、書物などの小道具として観客の目に入る光景にリアリティを散りばめながら、衝撃的なラストに向けて突き進んでいく。
誰も想像できないその結末を、ぜひ見届けてほしい。

次回は主演のひとり、マーチを演じたウィットサルート・ヒンマラートのインタビューを掲載予定だ。お楽しみに。

[取材・文:吉田彩緒莉(Saori Yoshida/Interview・text)]

 

監督:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク
1987 年、バンコク⽣まれ。潮州・海南系の出⾃を持つ。チュラーロンコーン⼤学映画学科卒業。現在もバンコクを拠点に、スタジオでフルタイムの脚本家として働き、商業映画やテレビシリーズの脚本を⼿掛けている。脚本執筆の他に、⼤学で映画理論や脚本術を教え、映画批評家としても活動している。2020 年、ベルリナーレ・タレントプログラムに選ばれ参加。短編映画『⾚いアニンシー; あるいはいまだに揺れるベルリンの壁をつま先で歩く』は 2020 年ロカルノ国際映画祭に選出され、国際コンペティションでジュニア審査員賞を受賞。最近ではタイの植⺠地史とポストコロニアルの状況をテーマに、さまざまな⻑さの映画シリーズを作るプロジェクトに取り組んでいる。

『ユースフル・ゴースト』

監督・脚本:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク
出演:ダビカ・ホーン、ウィサルット・ヒンマラット、アパシリ・ニティポン、ワンロップ・ルンカムチャット、ウィサルット・ホームフアン ほか
2025|タイ語、英語、イサーン語|タイ、フランス、シンガポール、ドイツ|130分|英題:A Useful Ghost|字幕翻訳:橋本裕充
配給・宣伝:SUNDAE(Powered by Filmarks)

© 2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO.

 

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