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毎日お届けする「タイの今日は何の日」。11月6日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。
1767年11月6日、後にトンブリー王朝を開くタークシン大王が、ビルマ軍を破ってアユタヤを奪還しました。同年4月にアユタヤ王朝が滅亡してから約7か月後のことで、タイでは11月6日を「独立回復の日(วันกอบกู้เอกราช)」として振り返ることがあります。
1767年4月、アユタヤはビルマ軍の攻撃によって陥落し、400年以上続いたアユタヤ王朝が終焉を迎えました。
その後、当時「プラヤー・ターク」と呼ばれていたタークシン大王は、東部のチャンタブリーを拠点に兵力を整えました。
雨季が終わると、タークシン大王は軍を率いてチャオプラヤー川方面へ進軍。まずトンブリーを奪還し、その後アユタヤ方面へ向かいました。
1767年11月6日、アユタヤ北方のポーサームトンに置かれていたビルマ軍の拠点を攻撃し、これを制圧しました。
タイ政府広報局では、この日をタークシン大王が国の独立を回復した日として紹介しています。
アユタヤ陥落からわずか約7か月での奪還でした。
その後、タークシン大王はアユタヤではなくトンブリーを新たな都とし、同年12月28日に国王として即位しました。
タークシン大王はその後も各地に分裂していた勢力をまとめ、国土の再統一を進めました。
11月6日は、アユタヤ王朝滅亡後のタイが再び独立国家として歩み始める大きな転換点となった日です。
日本では1945年11月6日、連合国軍総司令部(GHQ)が日本政府に対し、「持株会社の解体に関する覚書」を出しました。
第二次世界大戦前から日本経済に大きな影響力を持っていた三井、三菱、住友、安田などの財閥を解体する、いわゆる「財閥解体」の一環です。
持株会社による企業支配を解消し、経済力が一部の企業グループに集中する体制を改めることが目的とされました。
その後、持株会社整理委員会の設置や株式の処分などが進められ、戦後日本の経済制度に大きな変化をもたらしました。
世界では1860年11月6日、エイブラハム・リンカーンがアメリカ合衆国第16代大統領に選出されました。
共和党候補として大統領選挙に臨んだリンカーンは、民主党が分裂する中で勝利しました。
リンカーンの当選を受け、奴隷制度をめぐって対立を深めていた南部では連邦離脱の動きが急速に進みました。
翌12月にはサウスカロライナ州が連邦からの離脱を表明し、その後ほかの南部州も続きました。
そして1861年4月、南北戦争が始まることになります。
※出典
タイ政府広報局「6 พฤศจิกายน “วันกอบกู้เอกราช”」
Thai PBS「Thai PBS On This Day|พฤศจิกายน」
国立国会図書館「日本国憲法の誕生 詳細年表」
Library of Congress「The Civil War in America – Timeline」
Library of Congress「The Run for President」
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