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タイの日本食大手OISHIは2026年6月18日、公式SNSで「International Sushi Day(国際寿司の日)」に合わせた投稿を行い、寿司のルーツについて紹介しました。
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OISHIは投稿で、寿司の始まりについて「東南アジアにおける食品保存の方法に由来し、その後、少しずつ発展して、現在では世界中で愛される日本料理になった」と説明。あわせて、OISHI系列の日本食レストランで、さまざまな寿司を楽しめると伝えています。
投稿に使われているビジュアルでは、サーモンの握り寿司が大きく配置されています。タイではサーモン人気が非常に高く、日本食レストランの寿司や刺身メニューでも定番の存在。今回のOISHIの投稿も、タイの消費者にとって親しみやすい“寿司の代表格”として、サーモンを前面に出したものとみられます。
現在の寿司といえば、酢飯に魚介類などを合わせた日本料理として世界的に知られていますが、その原型とされるのは、魚を米や塩とともに発酵させて保存する「なれずし」と呼ばれる食文化です。こうした発酵魚の保存法は、東南アジアから中国南部にかけての稲作文化圏にルーツを持つともいわれています。
タイにも、魚を米、塩、ニンニクなどとともに乳酸発酵させる「プラーソム(ปลาส้ม)」があります。プラーソムは酸味のある発酵魚で、焼いたり揚げたりして食べられることが多く、日本のなれずしと共通する発酵魚文化の一例といえます。
ただし、「寿司がタイから直接日本へ伝わった」と断定できるわけではありません。寿司の原型とされる発酵魚文化は、東南アジア一帯に広く見られる保存食の知恵であり、それが日本で独自に発展し、江戸時代には現在の握り寿司につながる形へと変化していきました。
6月18日の「International Sushi Day」は、海外を中心に広まった寿司の記念日です。一方、日本国内では11月1日が「すしの日」として知られています。
日本発の料理として世界中で親しまれる寿司。その背景には、タイのプラーソムにも通じる、魚をおいしく保存するための発酵文化がありました。サーモン寿司をきっかけに、そんな寿司の長い旅を少しだけ思い出してみるのも面白そうです
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