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靖国神社で「タイフェスティバル」が開催できた理由

2023年9月18日 配信
靖国神社で「タイフェスティバル」が開催できた理由

靖国神社

本サイトは2023年9月14日(木)、シントン・ラーピセートパン駐日タイ王国特命全権大使にお時間をいただき、在京タイ王国大使館を訪ねて単独インタビューをさせていただきました。全文はこちらでご覧いただけますが、この中でシントン大使には、2011年に靖国神社で開催されたタイフェスティバルの思い出も話していただけました。(インタビュアー 吉田彩緒莉)



コロナ禍こそ開催は難しかったものの、日本で暮らすタイ人の皆さんとタイ好き日本人が集まるタイフェスティバルは、東京では代々木公演で開催されるのが通例です。しかし2011年には、靖国神社での開催となりました。

2011年は東日本大震災が発生した年。タイフェスティバルは例年通り5月に代々木公園で予定されていましたが延期となり、その年の10月の開催が決まったのが靖国神社でのタイフェスティバルでした。

当時、靖国神社で外部のお祭りを開催するなど前代未聞。「靖国神社でタイの祭り!?」と話題になり、「どうして靖国神社で開催できたの?」という声や、中にはお叱りの声もあったのだそうですが、その時に中心となって動いていたのが当時公使だったシントン大使だったのだそうです。

その時、靖国神社側の一人が「タイのお祭りだから、靖国神社に祀られている御霊が懐かしく思って、楽しんでくれるんじゃないかな」と言ってくれたのが印象的だったという「伝説の靖国神社でのタイフェスティバル開催秘話」を「シントン・ラーピセートパン駐日タイ王国特命全権大使~帰国前に振り返る日本での日々」より抜粋します。

 

伝説の靖国神社でのタイフェスティバル開催秘話

ーー私、実はずっとシントン大使にお伺いしたいことがありまして。タイ王国大使館と言えば、毎年恒例のタイフェスティバルじゃないですか?
その中でも伝説のタイフェスティバルが2011年震災の年の10月に行われた靖国神社だと思うんですよ。

シントン大使:あー…はいはいはい。

ーー靖国神社は国によってはスポーツ選手が立ち寄ってSNSで上げただけでも削除しろと命じられたり、ご存知の通り、参拝するだけでも抗議する国があるセンシティブな部分です。でもなぜタイはタイフェスをあえて靖国神社でやってくれたんだろうってずっと思っていました。
逆に靖国神社側的にも「えっ?なんで他の国のお祭りを神社の敷地内で開催するの?」って普通は思うはずなんですけど(笑)、どうして開催できたのか、本当に不思議で不思議で。
私は戦争で祖父が亡くなっていて、骨が戻って来ていないので、靖国神社にお参りするようにしていたんですよね。
いつかシントン大使とお話できることがあったら絶対に聞いてみたいと思っていたんです。

シントン大使:そうだったんですね。

シントン・ラーピセートパン駐日タイ王国特命全権大使

シントン・ラーピセートパン駐日タイ王国特命全権大使

シントン大使:本当は2011年も5月に代々木公園でタイフェスティバルを行う予定だったんですけど、震災から間もなくてお祭りどころではなかったじゃないですか。だから「延期」と言いながらも中止にしようと思っていたんです。
でも2011年も後半に差し掛かると、今度は沈んだ雰囲気を明るくしたい、元気づけたいという空気になって来たでしょう?
当時僕は公使だったんですけど、当時のウィーラサック大使が「我々もタイフェスティバルをやることで、日本を元気づけよう!」と動き出したんですね。
いつもの代々木公園はもう予定が埋まっていて、職員全員で他の場所を色々探しました。
丁度そのころ、今の目黒の大使館が老朽化して建て替えることになって、それで九段下に仮事務所と言う形で移転していた時期だったんです。
そんな時、ウィーラサック大使が「靖国神社でタイフェスティバルできそうじゃない?」って言い出したんですよね(笑)。

ーーその発想が凄すぎる…。

シントン大使:それで靖国神社の宮司さんにアポ取ってもらって、話に行ったんですよ。最初は「この人たちは何を言ってるんだろう」っていう雰囲気だったんですけど(笑)。

ーーその瞬間を見たかった(笑)。いや、普通はそうなると思います(笑)。

シントン大使:でも2回目のアポだったかなぁ?「詳細を聞かせてくれたら上の方に聞いてみましょう」って言ってくれたんです。で、結局「いいですよ」って言ってくれたんですよ。

ーーへぇえええ‥‥(感動)。

シントン大使:靖国神社がとてもセンシティブな場所であることは、もちろん我々も知っていました。例えば、タイフェスティバルのオープニングセレモニーに招待しても、絶対来ない国の大使がいるだろうな、とか考えが巡りましたよ。
でも、ウィーラサック大使が「ここがいい!」って言うんですよ。それが…どうも御霊祭りを見たらしくて「ほら、お祭りやってるよ!」って(笑)。
でも靖国神社からは「それはこちらの祭事で、外部のお祭りを靖国神社内でやったことはないんですよ」って言われまして(笑)。

ーーいやー…本当に前代未聞ですよね。当時「嘘でしょ?なんで?どうしてできるの」って相当話題になりましたからね。

シントン大使:その後なぜかスムーズに話が進みまして…。
タイフェスティバルってご存知の通り、屋台やステージを作るじゃないですか。靖国神社って本殿の前の敷地の真ん中に銅像があるでしょう?九段下から上がってきたときにここにステージがあると、すごくいい!と考えながら、計画書を作って提出したんです。そしたら「いや、それは…」と。

ーーまさか、大村益次郎像のことでは…。益次郎さんもびっくり。

シントン大使:ステージ自体が無礼なことなのかな?と思ったら、違うんですよね。靖国神社ってもともと御霊に奉納する芸能が多い神社で、ステージは神殿に向けてほしいと。そのことで御霊のための奉納になると、宮司さんだったのか、神主さんがおっしゃられて。
大使は「こうしたい、ああしたい」って最初だけ打ち合わせに来たけど、後は全部僕が対応して(笑)。まぁ、日本語ができるっていうのもあったんですけどね。

ーー立役者は当時公使だったシントン大使だったんですね!凄い裏話が聞けました(笑)…。

シントン大使:印象的だったことは、靖国神社側の一人が「タイのお祭りだから、靖国神社に祀られている御霊が懐かしく思って、楽しんでくれるんじゃないかな」って言ったんです。

ーーバンコクにも日本の基地があった時代がありましたからね。インパール作戦の野戦病院跡地がチェンマイのお寺にありますし、架空の話ではありますがタイの「クーカム」も赴任していた日本兵の話で歴史的背景にはそういったことがありましたからね。

シントン大使:そうなんですよ。靖国神社の遊就館の中に、機関車があるんですけど、実はタイの泰緬鉄道を走っていたものなんです。

ーー 靖国神社でタイフェスティバルが開催されることに、一般の人から反対はなかったのですか?

シントン大使:もちろん反対もありましたよ。当日ご年配の方がやって来て「何だこりゃ?」って。イベントの担当者が「タイフェスティバルですよ」と答えたら「なにやってるんだ、けしからん。この神聖な場所で!」って怒られて、僕も日本語ができるので対応したんですけど、怒られて。

ーー私は当時からタイが大好きで、タイに通っていたので、もう、感動して声になりませんでした。大鳥居の前にトゥクトゥクが置いてあった時には固まりましたよ。来場したタイ人の皆さんは、本殿にお参りしてくださっているし、ハッピーちゃん(タイのゆるキャラ)も歩いていたし(笑)。

【取材・文:吉田彩緒莉(Saori Yoshida/Interview・text)】

全文は「シントン・ラーピセートパン駐日タイ王国特命全権大使~帰国前に振り返る日本での日々」でご覧ください。

シントン・ラーピセートパン
สิงห์ทอง ลาภพิเศษพันธุ์  Singtong Lapisatepun
1962年12月13日 チョンブリ県生まれ
1983年 東京学芸大学附属高等学校卒業
1987年 横浜国立大学経済学部卒業
1989年 横浜国立大学大学院修士課程修了

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