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「世界の炒め物ランキング」で、2025年は堂々の5位にランクインした「パッタイ」。米粉麺を甘酸っぱく炒めたタイ式の焼きそばですが、この一皿がタイという国を象徴する近代料理であることを知っている人は、どれくらいいるでしょうか。
パッタイを日本語に直訳すると「タイ炒め」。タイ料理の多くは「調理法+具材」で名づけられますが、「炒める(ผัด)+タイ(ไทย)」という名前は異例で、特別な背景を物語っています。

背景は第二次世界大戦期。当時のタイは米不足に直面し、政府は主食の消費を抑えるため国民に麺食を奨励しました。これを推進したのが首相プレーク・ピブーンソンクラーム。彼は「一人一杯の麺が国を救う」と呼びかけ、中国系移民の炒め麺「クワイティアオ・パット」をタイの食材と味付けで再構築し、国民食として普及させる国家キャンペーンを展開しました。

この「タイ化」の核心は調味と構成にあります。中国の炒め麺が主に醤油を用いるのに対し、パッタイはナンプラーを基調にタマリンドの酸味とヤシ糖(パームシュガー)の甘みを重ね、干しエビ・豆腐・卵・ニラ・もやしを合わせ、仕上げにライムと砕きピーナッツ、唐辛子を添える――甘酸っぱく複雑な味わいを国が定義し、全国へ広めました。

使用する麺として推奨されたのがチャンタブリー県産の細い米粉麺「センチャン」。炒めても伸びにくく歯応えがあり、パッタイ用の“標準麺”として位置づけられ全国に流通。センチャンの選定には、国策としての明確な意図が反映され、統一された味とスタイルを支える要となりました。タイ国政府観光庁によると、センチャンは通常のセンレックより強いコシともちもちした柔らかさが特徴で、その評判が広まり現在はタイ全土で広く販売されるようになりました。粘りが強いため、調理時は一度水に浸してぬめりを取り、麺がくっつかないよう広げながら炒めるのが一般的だとしています。

やがてパッタイは国民食の枠を超え、タイを象徴する料理へ。いまや世界各地のタイ料理店で提供され、観光客にも人気の定番です。シンプルな炒め麺でありながら、国家の政策と時代の流れを映し出したパッタイは、まさにタイ近代史を語る一皿。次にパッタイを食べる時は、頭の中でタイの国歌が流れてくるかもしれませんね。
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◆参考文献
Poonpon Khovibulchai(2013). “The Negotiation of Power and the Changing Meanings of Pad Thai: From a Nationalistic Dish to a Popular Thai Dish.” Journal of Language and Culture, 32(2), Mahidol University. PDFを閲覧
TrueID Food(2022)「ที่มาของ ผัดไทย pad thai อาหารไทยชื่อดัง ที่ถูกบรรจุลงในคลังศัพท์ของ Oxford แล้ว!」
Wikipedia(タイ語版)「ผัดไทย」
タイ国政府観光庁「センチャン麺(Sticky Crab Noodles)」
タイランドハイパーリンクス(2025)「世界の炒め物ランキング~タイ『パッタイ』5位・『ガパオ炒め』10位、日本『焼きそば』23位」
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