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第171回 長く苦しい大会を終えて…いとたくのバンコク監督記(Part 2)

2014年1月18日 配信

2014年1月18日掲載

「夢追人」のタイサッカー珍道中

(前回コラムの続き -Girasole Cupについて-)
 “絶対的エース”が8月に本帰国、その穴を埋めるべくチームで戦うことで成長を遂げた1・2年生主体のチーム“INFINITO Lash”。彼らは試合前に自分達で「得点を決めれなかった選手、無失点に抑えられなかったGKは“体幹30秒”」とハードルを設定して試合を戦ってきた。前回大会であと一歩手が届かなかったメダル獲得へ向け、予選を突破した。

 今季最も成長をしていると思われる3年生主体の“INFINITO STAR”。出場する大会では結果を出し続けているし、その勝ち方が本当に他を圧倒している。だからこのチームは安心して観ていられる…そう考えていたのであるが、予選で思わず躓きをみせた。勝ち切れないのである。あとから選手達に聞いたところ強豪チームが揃った“死のグループ”だったようで、選手達は緊張していたみたい。明らかに(特に初戦は)動きが重かった。1勝2分けで辛くも得失点差により予選突破を果たしたのである。

 成人チームは黒星スタートのショックを拭い去り、その後は連勝を続け…決勝進出を果たした。ここでのチームメイトは一緒に指導するWattanaコーチの後輩達、全員タイ人だったのだけれどみんな切り替えが早いしまじめだったね。“ここに(パスが)欲しい”と動き出すとみんな見ててくれたからね、俺が決勝で得点やアシストを記録出来たのもみんなのお蔭だね。成人チームは一気に優勝まで昇り詰めた。

 低学年クラス、準々決勝は“Lash”と“STAR”のINFINITO同士の対決となった。俺がどちらかのチームを指揮すると贔屓しているようにみられると思い、コーチ達に「ガチでやるように」とお願いをし中正の立場をとることにした。ここではちょっと力の差が出てしまったかな、見ていてちょっと辛かったね。その後に行われた3位決定戦でも惜敗を喫した“INFINITO Lash”は前回大会同様4位とメダルを手にすることは叶わなかった。しかしチーム内の1年生が得点王を獲得するなど個性派のタレント揃い。彼らは口惜しさをバネに変え逞しくなって貰えたらと思う。

 中学生クラスの“INFINITO Ties”。出会った頃は本当に勝てなくて、しかも必死さが微塵も伝わってこなかった選手達…そんな彼らが大勢の観衆の前でタイトルを賭けて戦っている。フィジカル面・体力面で劣ったチームは足が止まり始めた中盤に失点を重ね悲願はならなかったが、「すいません…勝てなくて」と悔しさを滲ませていた選手達のこれまでの逞しい変化を感じられて本当に嬉しかった。

 予選で苦労した低学年クラスの“INFINITO STAR”。彼らは決勝の舞台を多いに楽しんでいた。得点後には全員で“ウサイン・ボルト”のポーズを決めるなど…余裕を感じさせた。3月に本帰国することが内定している選手が多く、彼らの戦いを見ながら“もう少し長期的に彼らを指導していきたいな”と叶わぬ想いが頭に浮かんできた。

 逆に“優勝”を意識して準決・決勝と動きが固くなったのが高学年クラスの“INFINITO Blue”。先に点を奪うも終盤に追いつかれるという展開を続け、準決・決勝共にPK戦へともつれ込んだ。キッカー3人による方式で、1本も外すことが出来ない子供達には過激すぎるプレッシャー。そんな中で選手達は全員決めきって勝利を…優勝を手繰り寄せた。

 常日頃から「俺達が目指しているのはココじゃねぇ。タイの強豪チームの仲間入りするためのあくまでも通過点だ」と話しているのだけれど、選手達にとっては特別な位置づけをされた大会であるし、正直切磋琢磨するアカデミー選抜選手の中にはメンバーを漏れた選手もいる。そして本格的にアカデミーを任されて初めての結果“優勝”のみを求められた大会。3冠3連覇がかかった高学年クラス決勝の最後のキッカーのボールがネットを触れた瞬間に、俺はピッチで歓喜する輪から離れて会場の隅の方に移動して「フゥ~」と息を漏らした。その俺に気付いたタイ人スタッフが追い掛けて来て「伊藤コーチ」と握手を交わした瞬間に…涙が決壊しちゃったね、「伊藤になって勝てなくなったじゃん」と思われたくなかったからさ。「目指しているのはココじゃねぇ」と言っている俺がみんなの前で泣いてたら…格好悪いじゃん。

 人って欲張りなものだから…3冠はこれからも続けて行けたらと思う。その他に更に2つのトロフィーもある訳で。これからは5冠を夢見て指導にあたろうかな。夢はデッカい方が良い、いつまでも追い掛けていたいものだからね。


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand

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