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第166回 踊らないチアダンサー、いとたくのバンコク子育て日記

2013年12月13日 配信

2013年12月13日掲載

「夢追人」のタイサッカー珍道中

 先月11月24日、タイのドンムアン空港近くにあるインパクトアリーナという日本でいう幕張メッセのような場所で“第7回チアリーディング世界大会”が行われ、チアダンスをやっている娘の刺激になればとこの地を家族で訪れた。ここで日本チームの演舞から衝撃的なインパクトを受けた。みんな側転・バク転・バク宙は当たり前、組織としての組む・飛ぶ・受け止めるの技術が他チームより抜きん出て完成度が高く、素人の俺から観ても間違いなくの優勝。実際“女子部門”と“男女混成部門”で優勝を果たした…そう、世界チャンピオンである。タイは“男女混成部門”で2位に入った。会場を巻き込んでノリノリアゲアゲなチアを披露、この後演舞する日本チームに相当なプレッシャーが掛かったであろうが、ほんと器が違ったね。

 あとから調べて知ったのであるが“女子部門”7連覇、“男女混成部門”も4連覇(6回目の優勝)を果したという、チアリーディングは日本のお家芸のようだ。それにしても…タイで“君が代”が2回も聞けると思わなかった。

 我が娘はチアダンスを北九州で3歳の時に始めた。自分から「やりたい」とママに懇願してのこと、「まだ早いかな」と思ったのだが…。最初の方は端っこの方でコーチに手を引いて貰いながらジ~ッと見ているだけだった。「振付を憶えないとだね」…レッスンの様子をビデオカメラに収め、家でも練習できるようにした。しかし…家では毎日のようにガンガン練習するのに、レッスンになると端の方で踊らない。突っ立っているだけであった。そんな時が約2ヶ月続いた。「何で踊らない!? 踊らないのなら辞めようか」というと「絶対嫌だ、辞めない」と言って…家ではガンガン踊って練習をするから「この娘は何なんだろうねぇ」と感じていた。

 でも…レッスン中ただボ~ッと突っ立っているだけじゃ無い事に気付いた。上手な子の踊りを真剣な目で追っているんだよね。…と、娘が突然踊り出した。「えっ」と思い、隣りの家内を見ると、彼女もビックリしている。上手いとは決していえなかったけど、振付は完璧にマスターして踊っている。そんな姿を目の当たりにして、不覚にも涙を流してしまった。

 レッスンの帰り道、「何で今まで踊らなかったの!?」と聞くとボソッと「踊りを間違えるのが恥ずかしいから」だって、何かプロみたいな返答に驚いた。究極の負けず嫌いは完全にいとたくからの遺伝なのであろう。

 ギラヴァンツ北九州を戦力外になり、小倉の家を引き払う日に幼稚園の終業式とチアダンスの発表会が重なった。しかし彼女は前日夜から発熱をして嘔吐もしていた。大好きだった幼稚園最後の登園はさせてあげたかったので、園長先生に事情を説明して出席させて貰ったのであるが、ずっとグタ~ッとしていたそうだ。そこから発表会の会場まで車で送ってあげている間、助手席で彼女は眠っていた。早めに会場に着いたが、彼女をギリギリの時間まで車で休ませてあげた…すると時間になると「もぅ大丈夫だから」と、当時まだ4歳である、大したモチベーションであった。チアダンス、北九州で最後の演舞を観ていて…涙腺が極ユルのいとたくは当然涙を流してしまったことは言うまでもない。

 タイでパワフルで熱心なチアダンスの先生と巡り合えた。彼女の影響もあって娘はレッスンを毎回休まずに通い続けている。娘には自分の引退試合でも踊って貰った。サッカーを始めた自分の息子の監督をし、ハーフタイムに娘がチアダンスを踊る…こんな日が来るのであろうか。そして折角だから娘には今回生で観て触れた世界を目指してチアダンスに励んでくれるようになれば尚良いかなってね。


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand