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毎日お届けする「タイの今日は何の日」。10月30日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。
1827年10月30日、ラーマ3世はナコーンラーチャシーマーのクンイン・モー(คุณหญิงโม)に「ターオ・スラナーリー(ท้าวสุรนารี)」の称号を授けました。現在も「ヤー・モー(ย่าโม)」の愛称で親しまれ、ナコーンラーチャシーマーを象徴する人物となっています。
1827年10月30日、ラーマ3世はクンイン・モーを「ターオ・スラナーリー」に叙しました。
クンイン・モーは、現在のナコーンラーチャシーマー県、通称コラートにゆかりの深い女性です。
その前年の1826年、ヴィエンチャン王国のアヌウォン王が軍を率いてナコーンラーチャシーマーへ侵攻しました。
ナコーンラーチャシーマーの住民たちは捕らえられ、ヴィエンチャン方面へ連行されましたが、その途中、現在のピマーイ郡にあるトゥン・サムリット周辺でクンイン・モーらが抵抗しました。
この出来事で果たした役割が評価され、ラーマ3世から「ターオ・スラナーリー」の称号が授けられました。
「スラナーリー」は「勇敢な女性」といった意味を持つ称号です。
現在、ナコーンラーチャシーマー中心部のチュムポン門前にはターオ・スラナーリー像が建てられており、地元では「ヤー・モー(モーおばあさん)」と呼ばれて親しまれています。
現在の像は1930年代に制作されたもので、タイで一般の人物を顕彰した初期の公共記念像の一つとしても知られています。
毎年3月から4月にかけては、ナコーンラーチャシーマーでターオ・スラナーリーを顕彰する大規模な祭りも開催されています。
日本では1890年10月30日、「教育ニ関スル勅語」、いわゆる「教育勅語」が発布されました。
明治天皇の名で発せられたもので、当時の日本における教育の基本的な理念や道徳について示した文書です。
親孝行や兄弟・夫婦・友人との関係などに関する徳目が記される一方、国家への忠誠なども求める内容となっていました。
その後、教育勅語は学校教育の中で大きな位置を占めるようになりましたが、第二次世界大戦後の1948年、衆議院と参議院でそれぞれ排除・失効確認の決議が行われました。
世界では1947年10月30日、スイス・ジュネーブで「関税及び貿易に関する一般協定(GATT)」が23か国によって署名されました。
第二次世界大戦後の国際貿易を安定させ、関税などの貿易障壁を引き下げることを目的としたもので、多角的な自由貿易体制の基礎となりました。
GATTは1948年1月から暫定的に適用され、その後約半世紀にわたり国際貿易の基本的な枠組みとして機能しました。
1995年には世界貿易機関(WTO)が発足し、GATTの役割の多くを引き継ぎました。
※出典
タイ文化省芸術局「195 ปี เหตุการณ์…สถาปนา คุณหญิงโม เป็นท้าวสุรนารี」
ナコーンラーチャシーマー県行政機構「วันสถาปนาท้าวสุรนารี」
国立公文書館「教育に関する勅語が発せられる」
国立公文書館デジタルアーカイブ「教育ニ関スル勅語」
WTO「Golden jubilee of the multilateral trading system」
WTO「The General Agreement on Tariffs and Trade (GATT 1947)」
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