THAILAND HYPERLINKS ไทยแลนด์ ไฮเปอร์ลิงค์ タイ旅行やタイ生活とタイエンタテイメントのポータルサイト

第217回 ゆく年くる年 -いとたく、激動の2014年を振り返る-

2014年12月29日 配信

2014年12月29日掲載

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

今年も残るところあとわずか。色々と書きたいタイサッカーの事が多いのだけれど、今回は2014年のいとたくを振返ろうと思う。タイに来てから早4年、毎年激動の年を送っているのであるが、今年も大変な年だったなぁと改めて思う。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 まずはBangkokのサッカーの聖地であるArena10で中学生年代の7人制サッカー大会の立上げ。3月と7月の多く本帰国をするメンバーと目指すべく最後の大会の位置付け。既に2回大会を開催しているが、毎試合非常にレベルの高いパフォーマンスを見せてくれる選手達に本当に頭が下がる思いである。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 6月には40代に足を踏み入れた。各選手達が麦酒の缶にメッセージを書いてサプライズプレゼントをしてくれた。大きく分けると20代がセミプロ、30代がプロ、40代が指導者とサッカーには本当に刺激を貰い続けているなぁと…。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 8月にはArena 10で立ち上げたサッカー大会の小学生大会を開催、6年生チームと5年生チームのライバル関係を構築することで、競争心を煽りに煽った。結果的に準決勝で合いまみえた両チームはPK戦にもつれる激闘を演じた。俺は「両チームが対戦するときは監督をしないから、自分達で考えて戦え」と指示をしていた。教え子達の物凄ぇ激闘を目の当たりにし、試合途中から涙が止まらなくなった。この試合を制した5年生チームは勢いに乗り優勝を勝ち取る。この大会が事実上の俺のこのチームでの最後の仕事になった。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 8月には指導するチームを移籍。Bangkok内での俺の移籍は沢山の人々を巻き込む形となり、結果的にサッカー関係者や親御さんに本当に迷惑を掛けてしまった。自分のサッカー観と夢、指導にかける想いが自分を動かした…悩みに悩んだ末の移籍だったんだけど、まさかこれほどの騒ぎになるとは思ってもいなかった。”本当に申し訳ございませんでした”、ご迷惑をお掛けした全ての人々に今でもお詫びし続けたい気持ちでいっぱいである。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 選手時代にタイミングと切っ掛けが合わず、取得出来ていなかったC級ライセンス。タイでの初のC級ライセンス講習で、本当に多くのことを学べた。自分のモットーである”熱く、熱苦しく”が時には選手達に過剰にプレッシャーを掛けてしまっていたのかも知れない…と自分の指導を振返る良い機会と出来た。

 そして11月29日の結婚10周年記念。ほんと家内と子供達にはいつも支えられているし勇気や元気を貰っている。家族あってのJリーグ挑戦、家族あってのタイでの挑戦。俺は果たして家族への恩返しを出来ているのであろうか。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 月並みな言葉なんだけど、出会ってから今まで本当に頑張り続けてくれている中学生チーム、負け慣れた環境からボールに喰らい付く、そして”負けたくねぇ”という気持ちを全面的に押し出したサッカーで進化を続けている彼ら…そんな彼らなんだけど、実は準優勝や3位ばかりで優勝をしたことが無かった。だから「どんなにちっぽけな大会でも良いから、結果(優勝)をきっちりと勝ち獲りなさい」と伝えてきた。正直DJB CupというRatchaburiの大会で優勝を決めた試合のタイムアップの笛を聞いたときは鳥肌がたったね。本当に心から”おめでとう”という気持ちで胸がいっぱいとなった。

 こう簡単に振り返ってみるだけでも長く苦しい1年であったと改めて感じる。自分で自分の首を絞めてしまった点が大いにあったことは否めないのであるが…。来年選手達はどんな夢を見せてくれるのかなぁ、そしてどの夢を実現させていくのかなぁ。今から楽しみである。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand