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第181回 出会って別れて涙・涙・涙… いとたくタイサッカー指導記

2014年04月04日

2014年4月4日掲載

 いとたく、バンコクで本格的に指導を始めて1年が経とうとしている。全然あっという間という感覚は無く、苦労が多い…というのが率直な感想。特殊な交通事情に限られたピッチ、塾等の兼ね合いもあり新規で立ち上げたクラスに人が集まらなかったりと、一筋縄に”ボール蹴ろうぜっ”という感覚で毎日来てもらうことは出来ない。更にグランド代やバス代、人件費等もかかるため選手達(の親御さん)には費用を負担していただければならない。だから俺的には毎回のレッスンというか指導においては”数をこなす”感覚は絶対に持たず、”熱く…熱苦しく”どのカテゴリーどのレベルでもあたろうと実行している。

 1年を通して、幼稚園児から大人まで男女問わず250人以上の選手達と出会ってきた。それと共に約50人近くの選手達との別れも経験。各タームの終わりごとに本帰国や他の国・地域への移動が決まる選手達が出て来て、送り出してやらなければならなくなる。俺、ほんと涙腺が緩いんだよね…選手達は勝利するとうれし泣きをするし、負けると悔し涙を流すことが多々ある。そこで”何か言わなければいけない”場面で気が付くと一緒になって泣いていたりする。みんなの前で感極まって言葉にならない時もある。ちょっと情けないんだけど、もぅ仕方が無いかな…泣いちゃうんだもん。退団が決まった選手達へは終了証とメダルを渡してみんなの前で一言挨拶させて笑顔で分かれようといつも心がけているんだけど、実際はみんなの前で涙声にならないように…そして泣き顔を見せないように必死なのである。

 今まで”この子はどんな選手になるのだろう”と可能性を秘めていると感じた幼稚園児、毎回の練習に100%の気持ちで参加してくれて俺が指導者になるきっかけをくれた選手、小学校低学年ながらバンコクで数々の伝説を残してきた選手…はたまた怪我をしてしまい一緒にボールを蹴れた時間がほんの少しだけであったが、試合に必ず帯同をしていた選手等本当に1人1人思い入れがある。俺はこの先更に何百人何千人そして何万人と出会い、指導に携えれば良いなと思うんだけれど、その先々での別れに対しては決して”慣れない”人間でいたいなと思う。それが悲しいかな片想いという形でもね、みんなには極力バレないように涙して送り出していければと思う。そして指導に関わった選手が…どのレベルどのカテゴリーであれ、バンコクまでその後の活躍の知らせを響かせてくれるのが理想かな。それを聞いて…また泣いちゃうんだろうけどね。


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand
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