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タイの今日は何の日? 10月15日はタイ史上2回目の下院解散が行われた日

2026年10月15日 配信

毎日お届けする「タイの今日は何の日」。10月15日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。

1945年10月15日、タイで史上2回目となる下院解散が行われました。当時の首相はセーニー・プラーモート。第二次世界大戦の終結後、新たな民意を反映するための総選挙へ向けた解散でした。



1945年10月15日、タイ史上2回目の下院解散

1945年10月15日、タイで下院にあたる人民代表院が解散されました。

これはタイ政治史上2回目の下院解散で、当時の首相はセーニー・プラーモートでした。

当時の議員は1938年の選挙で選ばれていましたが、第二次世界大戦の影響で選挙を行うことができず、議員の任期は法律によって2度延長されていました。

しかし1945年に第二次世界大戦が終結。政府は、長期間にわたって在職してきた議員について、新たな国民の意思を反映する必要があるとして下院を解散しました。

解散に伴い、90日以内に新たな選挙を行うことが定められ、翌1946年1月6日に総選挙が実施されました。

セーニー・プラモート首相自身は、下院解散後も1946年1月31日まで首相を務めました。

1973年10月15日、「10月14日事件」後に軍政の中心人物3人が国外へ

1973年10月15日には、前日に発生した「10月14日事件」を受け、軍事政権の中心人物だったタノーム・キッティカチョーン元帥、プラパート・チャルサティエン元帥、ナロン・キッティカチョーン大佐がタイを離れました。

10月14日、民主化や憲法制定を求める学生・市民と治安当局がバンコクで衝突し、多数の死傷者が発生しました。

タノーム首相は辞任し、サンヤー・タンマサックが新首相に就任しましたが、その後も混乱は続いていました。

翌15日、タノーム元帥ら3人が国外へ出たことが伝えられると、事態は次第に沈静化していきました。

「10月14日事件」は、タイの長期的な軍事政権に大きな転換をもたらした出来事として記憶されています。

日本・世界では

日本では1945年10月15日、戦前から政治思想や社会運動の取り締まりに使われてきた「治安維持法」が廃止されました。

同法は1925年に制定され、その後改正を重ねながら適用範囲や罰則が拡大されました。

第二次世界大戦後、連合国軍総司令部(GHQ)は日本政府に対し、政治的・市民的・宗教的自由を制限する制度の廃止を指示しました。

これを受け、10月15日に治安維持法や思想犯保護観察法などを廃止する勅令が公布されました。

世界では1582年10月15日、現在世界で広く使われているグレゴリオ暦への移行が始まりました。

当時使われていたユリウス暦では、実際の太陽年とのずれが長年にわたって蓄積していました。

このずれを修正するため、ローマ教皇グレゴリウス13世が新たな暦を導入。スペイン、ポルトガル、イタリアなどでは1582年10月4日の翌日を10月15日とし、暦から10日間を飛ばしました。

その後、グレゴリオ暦は長い時間をかけて世界各地へ広まり、現在では国際的に最も広く使用される暦となっています。

※出典
キング・プラジャディポック研究所「การยุบสภาผู้แทนราษฎร วันที่ 15 ตุลาคม 2488」
タイ内閣官房「歴代首相・内閣」
Thai PBS「รำลึก 50 ปี 14 ตุลา 2516 วันประชาธิปไตยไทย」
国立公文書館「昭和20年-治安維持法の廃止」
国立国会図書館「治安維持法 昭和16年3月10日法律第54号」
HISTORY「The Surprising History of October」