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タイの今日は何の日? 9月7日は英語の国名が「Siam」に戻された日

2026年9月7日 配信

毎日お届けする「タイの今日は何の日」。9月7日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。

1945年9月7日、タイ政府は英語での国名を「Thailand」から「Siam」へ戻すことを発表しました。ただし、タイ語での国名は「ไทย(タイ)」のまま変更されていません。第二次世界大戦が終結した直後、タウィー・ブンヤケート政権のもとで行われた名称変更でした。



1945年、英語の国名を「Siam」に戻す

1945年9月7日、タウィー・ブンヤケート首相は、国名、国民、国籍の外国語表記に関する首相府公告を出しました。

タイでは1939年に国名が「サイアム」から「タイ」へ変更され、1940年6月24日の政府公告では、英語の国名を「Thailand」、国民と国籍を「Thai」とすることが定められていました。

しかし第二次世界大戦の終結後、タウィー政権は、外国では「Siam」という名称が長年にわたり広く知られてきたことを理由に、英語での国名を「Siam」、国民と国籍を「Siamese」とすることを決定しました。

一方、タイ語での国名は「ไทย」のままとされました。

つまり、9月7日にタイという国そのものが「サイアム」へ改称されたわけではなく、外国語、とりわけ英語で使用する名称を「Siam」に戻したというのが正確です。

この「Siam」という英語表記はその後もしばらく使われましたが、プレーク・ピブーンソンクラームが再び首相となった後、1949年に「Thailand」へ戻され、現在まで使用されています。

1809年、ラーマ1世が崩御

1809年9月7日には、チャクリー王朝を開いたラーマ1世(プッタヨートファーチュラーローク大王)が崩御しました。

ラーマ1世は1782年に即位し、バンコクを首都とするラタナコーシン王朝を創始しました。王宮や寺院の整備、法制度や文化の再構築などを進め、現在につながるタイ国家の基礎を築いた人物です。

タイ政府広報局の資料でも、ラーマ1世の崩御日は1809年9月7日とされています。

日本・世界では

1822年9月7日、ブラジルではペドロ皇太子がポルトガルからの独立を宣言しました。現在も9月7日はブラジルの独立記念日です。

また1940年9月7日には、第二次世界大戦中のイギリスで、ドイツ軍によるロンドンへの大規模な空襲が始まりました。その後続く空襲は「ザ・ブリッツ」として知られています。

※出典
キング・プラジャディポック研究所「31 สิงหาคม พ.ศ. 2488」
首相府公告「การใช้ชื่อประเทศ ประชาชน และสัญชาติ ลงวันที่ 7 กันยายน 2488」
タイ政府広報局「ラーマ1世崩御に関する資料」