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毎日お届けする「タイの今日は何の日」。9月13日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。
1992年9月13日、タイで総選挙が行われました。同年5月、スチンダー・クラープラユーン政権に対する民主化要求運動が軍によって鎮圧された「暗黒の5月事件(พฤษภาทมิฬ)」後、初めて行われた総選挙です。民主党が79議席を獲得して最大勢力となり、その後、党首のチュワン・リークパイが初めて首相に就任しました。
1992年9月13日、タイで総選挙が行われました。
この年、タイでは約6か月の間に2度の総選挙が実施されています。最初の総選挙は3月22日でした。
3月の選挙後、前年の軍事クーデターを主導した国家平和維持評議会(NPKC)の中心人物の一人だったスチンダー・クラープラユーン陸軍大将が、国会議員ではないまま首相に就任しました。
これに反発して民主化を求める大規模な抗議運動が発生。5月にはバンコクで軍による鎮圧が行われ、多数の死傷者が出る「暗黒の5月事件」へと発展しました。
スチンダー首相は5月24日に辞任。その後、アナン・パンヤーラチュンが再び首相に就任し、憲法改正を経て人民代表院が解散され、新たな総選挙が行われることになりました。
そして9月13日に投票が行われました。
この選挙では360議席を争い、有権者約3,186万人のうち約1,976万人が投票。投票率は61.59%でした。
民主党が79議席を獲得して第1党となり、タイ国民党が77議席、チャートパッタナー党が60議席、新希望党が51議席、パランタム党が47議席と続きました。
民主党は新希望党、パランタム党、エーカパープ党、社会行動党と連立政権を形成しました。
民主党党首のチュワン・リークパイは9月23日、第20代タイ首相に就任。自身にとって初めての首相就任となりました。
9月13日の総選挙は、「暗黒の5月事件」という大きな政治危機を経たタイが、新たな政権を選んだ重要な節目となりました。
1934年9月13日にも、タイの議会史に残る出来事がありました。
当時のプラヤー・パホンポンパユハセーナー政権は、天然ゴムの生産や輸出をめぐる国際協定について、人民代表院に批准を求めました。
審議では、ゴム農園を抱える地域の議員らから、協定によってタイのゴム生産者が不利益を受ける可能性があるとの懸念が示されました。
9月10日から続いた審議の末、9月13日に採決が行われ、人民代表院は73対25で協定の批准を否決しました。
この結果を受け、プラヤー・パホンポンパユハセーナー首相率いる政府は辞任しました。
政府が外国と締結した協定について、国会が批准を認めなかった異例の出来事として記録されています。
日本では1985年9月13日、任天堂がファミリーコンピュータ用ソフト『スーパーマリオブラザーズ』を発売しました。世界的な人気シリーズへと発展し、ゲーム史を代表する作品の一つとなりました。
また1993年9月13日には、アメリカ・ワシントンのホワイトハウスで、イスラエル政府とパレスチナ解放機構(PLO)が「暫定自治に関する原則宣言」に署名しました。一般に「オスロ合意」と呼ばれ、中東和平プロセスの大きな節目となった出来事です。
※出典
タイ国会博物館「การเลือกตั้งสมาชิกสภาผู้แทนราษฎร」
キング・プラジャディポック研究所「13 กันยายน พ.ศ. 2535」
キング・プラジャディポック研究所「1992年9月13日の総選挙」
キング・プラジャディポック研究所「13 กันยายน พ.ศ. 2477」
任天堂「スーパーマリオブラザーズ」
国連「Declaration of Principles on Interim Self-Government Arrangements」
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