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タイの今日は何の日? 9月17日はセーニー・プラーモートが初めて首相に就任した日

2026年9月17日 配信

毎日お届けする「タイの今日は何の日」。9月17日、タイではどのような出来事があったのでしょうか。

1945年9月17日、セーニー・プラーモート(หม่อมราชวงศ์ เสนีย์ ปราโมช)がタイ第6代首相に就任しました。第二次世界大戦中には駐米タイ公使を務め、アメリカで自由タイ運動(เสรีไทย/セーリータイ)を率いた人物です。終戦直後のタイが連合国との関係を再構築する重要な時期に、初めて首相の座に就きました。



1945年、セーニー・プラーモートが第6代首相に

第二次世界大戦が終結した直後の1945年9月17日、セーニー・プラーモートが首相に任命されました。

セーニーは戦時中、タイの駐米公使を務めていました。

1942年、当時のタイ政府がアメリカとイギリスに宣戦布告した際、セーニーはアメリカ政府への宣戦布告文書の提出を拒否。アメリカを拠点とする自由タイ運動の中心人物となり、日本と同盟関係にあった当時のタイ政府とは異なる立場から活動しました。

1945年8月に戦争が終結すると、タイにとって大きな課題となったのが、連合国との関係をどのように整理するかという問題でした。

当時首相だったタウィー・ブンヤケートは8月31日に就任したばかりでしたが、緊急の任務が一段落したとして9月17日に辞任。後任としてセーニーが首相に就任しました。

セーニーはアメリカとの関係が深く、自由タイ運動の米国側指導者でもあったことから、戦後の外交交渉を担う人物として期待されました。

内閣は9月19日に正式に発足。その後、イギリスとの交渉など、タイが第二次世界大戦後の国際社会へ復帰するための難しい外交課題に取り組むことになります。

セーニーはこの後、1970年代にも首相を務め、生涯で4度にわたって首相に就任しました。

タウィー・ブンヤケートの短い首相在任が終了

この9月17日は、タウィー・ブンヤケートが首相を退いた日でもあります。

タウィーは1945年8月31日に首相に就任し、9月17日に辞任しました。

セーニーがアメリカから帰国して首相に就任するまでの移行期を担った形で、その在任期間はタイ歴代首相の中でも特に短いものとなりました。

タウィーはセーニー政権発足後も政治から離れたわけではなく、内務大臣として新政権に加わっています。

日本・世界では

1964年9月17日、日本では東京モノレールが開業しました。

東京オリンピック開幕を目前に控えた時期で、当時のモノレール浜松町駅と羽田駅を結ぶ路線として営業を開始しました。

また1787年9月17日には、アメリカ・フィラデルフィアで開かれていた憲法制定会議でアメリカ合衆国憲法が署名されました。現在、アメリカでは9月17日が「憲法の日(Constitution Day)」とされています。

※出典
タイ内閣官房「ประวัตินายกรัฐมนตรีและคณะรัฐมนตรีที่ผ่านมา」
タイ国会博物館「ผู้ดำรงตำแหน่งนายกรัฐมนตรี ระหว่างปี พ.ศ. 2481–2488」
キング・プラジャディポック研究所「17 กันยายน พ.ศ. 2488」
東京モノレール「会社概要」
米国国立公文書記録管理局「Constitution of the United States (1787)」