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第16回 三線奏者 火野村豪さん(1/6)ページ
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| 第16回 三線奏者 火野村豪さんに、ジジイ梅が直撃インタビュー。 |
沖縄三味線の音色よ、タイの人たちに届け!
火野村豪(ひのむらごう)さん
三線(さんしん)奏者
浴衣姿、一本下駄、沖縄式三味線の三線というユニークな姿が目を引く火野村豪さん。三線を通し、タイの人たちに日本の文化の豊かさを伝えたいと様々な活動をしている。
昼間は各種代行会社でサラリーマンとして働きながら、二束の草鞋を履く異色の演奏家に話を聞いた。
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■タイを経由して沖縄に行く?
ジジイ梅 沖縄三味線を始めるきっかけは何だったんですか?
豪さん 本当に偶然の結果なんです。ちょっと話が長くなるですが…。
もともと兵庫の出身で、東京で10年以上飲食業に就いてました。自分でも店を開きたいと思い、移動式屋台だったら資金も何とかなるだろうと目星をつけました。
屋台といえば東南アジア。そこで勉強のつもりでタイを観光で訪れたんです。2007年だからもう5年前ですね。
ジジイ梅 ふむふむ?
豪さん そこでタイの人たちのホスピタリティに打たれたんです。たしかに日本のサービスは一流ですが、タイの食堂で屋台の人たちと接してストレートな優しさを感じましたね。
もっとタイのことを知らなければならないと思い、語学留学を決めました。でも学校にすぐ入学出来ず、時間が空いたので沖縄でアルバイトをすることにしました。
ジジイ梅 やっと沖縄が出てきましたね!
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