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スタジオスキップ4周年記念発表会、そして決断-いとたくバンコク子育て日記-

2017年05月04日

スタジオスキップ4周年記念発表会、そして決断-いとたくバンコク子育て日記-
スタジオスキップ(https://www.facebook.com/studioskip.t13/)、ダンススタジオである。そこに娘はチアダンスのみならずタンブリングにも通い、息子はHip Hopクラスに参加している。お世話になりっぱなしのこちらのスタジオの4周年記念発表を観に行った。
会場はArena10、サッカーの聖地がこの時間だけは様変わり。なんか不思議な気分だったね。
息子は「みんなが(お前を)観てるから、格好つけて踊ってこい」と(変な!?)アドバイス、このことは意識していなかっただろうけど格好良く踊っていた。そして娘は家内と共に登場、ママと踊ることを…そしてダンスを楽しんでいる様に見えて、(大きくなったねぇ!!と)泣きそうになりました(いや、泣きました)。
笑顔一杯に子供から大人まで迫力ある演技を全クラスが披露していて、本当に素敵なイベントでした。

俺は小学4年生からサッカーを始めた。とにかく下手だったけど、身体能力があったので相手に競り勝つことに快感を覚え毎日のようにボールを追いかけてたっけ。5年生になり、新チームでは一気に飛び級してトップチームに入った。Jリーグなんか無い時代、プロサッカー選手なんて夢見れる環境では無かったんだけど、当時やっていた”水泳””習字””ピアノ”を「全部辞めて、サッカー一本に絞りたい」と自分で決断して親に伝えた。もっと上手くなるために…。
とはいえリフティングはチームで一番下手だったし、左足は全く蹴れなかった。親は「リフティングの練習しなよ」と言ってくるけど、下手なので長く続かない。5分と持たなかったね。そこで俺は、”スピードじゃ負けねぇんだからドリブル練習した方が良いじゃん”と考え、当時愛読していた”サッカー入門”やサッカー漫画”イレブン”の練習をマネてただひたすらやり続けた。たまに”キャプテン翼”に憧れてオーバーヘッドの練習もしていたけれど、俺が好きなキャラクターは石崎君だったからなぁ。
“自分の武器を活かす”この考えながら…という事が、ベテランとなりスピードやフィジカルの衰えを感じながら”何かを変えながらプレーしなければ”というものに繋がったのかな。並の選手であった俺がレベルはどうあれ37歳までプレーを続けられた要因だね。

娘のチアダンスを観ていて、(良い意味で)色っぽく…そして本当に楽しそうに踊る様に映っていた。彼女の課題はチアの技系にあった様で、「これが出来れば選抜に上がれるんだから、練習しなさい」と先生に言われても大して取り組んでいる様に見えなかった。イベント終了後、そんな彼女が「(長年続けてきた)チアを辞めてダンスをやりたい」と言い出した。彼女は相当悩んだんじゃないかな、家内ともきちんと話し合っての決断。“自分の武器を活かす”ためのダンスのジャンル変更、親としては大いに応援してあげたいと思っている。

早速息子のHip Hopクラスにトライアル参加した彼女は、先生に「流石だね」と言われて満面の笑顔を見せていた。

伊藤琢矢(いとたく)
アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand
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