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第129回 いとたくの(無理やりサッカーを絡めた)バンコク子育て日誌

2013年6月27日 配信

2013年6月27日 掲載

「夢追人」のタイサッカー珍道中

 2006年7月11日に娘は生まれた。俺が岡山時代、桃太郎スタジアムで生後まだ2ヶ月の娘を抱いて選手入場を行なった。この日はTVマッチ、”首が座っていない子どもの抱き方がなっていない”と注意を多数の方から受けた(泣)。

 俺の職業柄、引っ越しが多くなってしまうのは仕方のない事か。しかし引っ越しを繰り返した事で家族には相当な負担をかけていたと思う。新天地で新たな生活をスタートさせる、このような生活を数年のサイクルで繰り返していたのだから。当然、娘の通う保育園・幼稚園は毎年のように変わった。娘には「また新しいお友達を沢山作ろうね」と家内が言い聞かせてくれていた。

 北九州時代、「Jリーガーとの交流会」という企画があり、市内の幼稚園を巡るサッカー教室が行われていた。タイミングが合い、娘が通う幼稚園へは数名の選手と共に俺も担当した。サッカー指導を受けている娘は、何か不思議な顔をしていたのを覚えている。

 娘はこの幼稚園が大好きであったようだ。家から徒歩圏内に幼稚園があったので、毎日娘と手を繋いで幼稚園に通わせていた。しかし選手として結果を残せなかった2010年シーズン、戦力外通告により北九州を後にすることになった。娘は年小になっていたので、「ちゃんと伝えてやろう」と思い、「お父さんの仕事の関係で、幼稚園を変わらなければならなくなったんだ。ごめんね、また新しい土地でお友達沢山作ってね」と話した。

 すると娘はこの日から3日間、俺と口を利いてくれなくなった。「パパのせいで、大好きな幼稚園を辞めなければならない」と受け止めたみたい。この行為は正直こたえたね、辛かった。幼稚園のお友達は娘のお別れ会を開いてくれた。家族全員で参加させて貰ったのであるが、みんなで大号泣をしてしまった。

 タイには沢山の日本人の方が駐在されている。数年で帰国、春と夏に多く新たに仕事を引き継いだ家族が入れ替わりタイにやってくる。だから幼稚園も退園・転園は慣れっこみたいなんだよね。娘を年中時に通ったタイの日本語幼稚園から、”折角外国にいるのだから”と年長からは英語幼稚園に転園させることに決めた。北九州の時の”涙×2のお別れ会”を経験していたので、日本語幼稚園最終日には「またこの日が来たかぁ」と俺はちょっと構えてしまったんだけど…。

 「きらりちゃん(娘の名である)、今日で最後だねぇ…元気でね~、バイバ~イ」。あっさりである。そうだよね、毎年のように生徒が多数入れ替わるんだもんね。

 俺が指導するINFINITOサッカースクールでも”本帰国するので今季で退団します”という生徒が多数出てきた。俺は数か月しか指導していないのだけれど、やっぱり寂しいよね。しっかりと「ありがとう」という感謝の気持ちを述べて、日本への旅路を気持ちよく送り出してやろうと思う。


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
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