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第114回 “いとたく”の思い出 -佐川急便東京SC時代の話-

2013年4月27日 配信

2013年4月27日 掲載

「夢追人」のタイサッカー珍道中

 今回は俺が佐川急便東京SCに所属していた時の話。タイとは全然関係無い話なんだけどね。

 佐川急便では各支店を集めて、毎年5月のGWに全国佐川大会という大イベントが本社のある守山で開催される。社内大会といっても、当時(もう6~10年位前)は佐川東京・佐川大阪はJFL(日本のJ3に相当)で上位争いをしていたし、JFLを目指していた東北や北関東・中京等曲者揃いでとてもハイレベルな大会であった。

 各支店の名誉をかけて戦うので、毎回東京支店長に大会前には「絶対勝て!!」と物凄いプレッシャーを掛けられていた。下衆な話し…ある意味セミプロであった俺達佐川急便東京SCは優勝するとサラリー査定に反映されていたので、そりゃあ真剣勝負であった。他の支店も「優勝したら特別ボーナスを出す」等の人参作戦は当たり前。更に…この大会に勝利すると優勝旅行が付いてきた。俺が所属する前の年までは海外旅行だったみたいなんだけど、俺は沖縄と北海道への旅行をゲットした思い出がある。

 この佐川社内大会、実は2月に東と西に分かれて予選が開催される。この予選も福島Jビレッジや静岡時之栖等の日本代表がキャンプを張るような施設で盛大に行われる。大概リーグ戦(JリーグやJFL)は3月に開催されるため2月は各チーム、キャンプ(走り込み)の時期となる。だから佐川急便東京SCは、毎年1週間程早く会場に入りキャンプを張ってリーグ戦と佐川大会予選両方に備えていた。

 当時の佐川の監督はあまりミーティングをしない人だったのであるが、一度だけ合宿中にロングミーティングを行った事がある。夜ご飯を食べてからのミーティングだったので、正直眠くなった。皆もそうであったようで、暖房の良く効いた部屋で眠い目をこすりながらなんとか耐えていた。正直「早く終わってくれ」と思っていた。

 「もう少しで終わるから辛抱してくれ…それにしても(暖房が)暑いなぁ」と上着を脱いだ監督。その彼がこちらに振り替えると何とT-シャツには“THE END”と書かれているではないか。「何でこのタイミングでそんなT-シャツ着てんねん(大笑)」ミーティングルームは爆笑の渦に見舞われミーティングどころではなくなってしまった。

 この監督は、特に育成には定評があり指導者としては凄く尊敬出来る人であった。彼が俺を佐川急便東京SCに引き抜いてくれた御かげで、そしてその後育ててくれた御かげで今の俺があるんだよね。感謝しています…でも、相当天然でしたよね(笑)。


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
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