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第2回 「アコ・アート・ギャラリー」 アコさん|ジジイ梅の「アナタに会いたかった!」

2010年12月14日 配信

画廊 「アコ・アート・ギャラリー」 のオーナーアコさんに、ジジイ梅が直撃インタビュー。 (2010年12月14日掲載)

「新しい才能を見い出すことが何より楽しいの」

鈴木敦子さん=アコさん
AKKO ART GALLERY(アコ・アート・ギャラリー) 画廊オーナー

スクンビット通りに店を開く画廊、AKKO ART GALLERY。今年で20周年を迎え、10月に催されたパーティーには各国からのアーティストが集まって祝った。

アーティストたちから絶大な信頼を勝ち取っているアコさんに話を聞いた。

― ― ― ― ―

■アートと生涯の伴侶との出会い

ジジイ梅 アートと出会ったきっかけは何だったんですか?

アコさん 実家は静岡の清水浜松だったの。中高生時代、週末を利用して東京に出て美術館や画廊めぐりをしていたのが最初かな。
短大では写真を専攻してね、卒業後、通信社に採用されたの。幸運にも良い時期に当たってね、オリンピックやビートルズの来日の取材をさせて貰ったわ。
その頃、旦那になるデビッドに会ってね。私の写真のアルバイト・モデルとして使ったのがきっかけ。彼がタイでビジネスを始めるというから、一緒について行ったの。

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」
ミトリー氏は農村をモチーフにした作品描いている

■タイへの渡航、順風満帆な生活。ところが・・・。

ジジイ梅 当時は今と違って、日本国内でタイの情報ってほとんど手に入らなかったんじゃないですか?
アコさん ええ。でも、デビッドの性格からして一つの場所に落ち着くと思わなかったから。また、どこかにふらりと足を向けるんだろうと。だから、軽い気持ちでタイには来てね。1968年だったわ。
それで、デビッドが始めた不動産会社を手伝い始めてね。彼が欧米人担当、私は日本人担当。日本人の他にライバルもいなかったから、結構、商売的にはうまくいってたわね。

ジジイ梅 順風満帆ですね。

アコさん でも、正直、不動産業は性に合わなかったわ。1972年には長女が産まれたし、そこからだんだんと離れ、駐妻のような悠々自適な生活を送ろうとしたんだけど…。

ジジイ梅 だけど?

アコさん デビッドがレストランをオープンしてね。イギリス人なのにドイツ料理店(笑)。当然、今度はそちらを手伝い始めて。
そうこうしている内、デビッドが病気になってしまってね。その上、レストランの大家さんが家賃を三倍にするって要求してきてお店はクローズ。

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」
画廊はスクンビット通りに面している

■バッドラックの連鎖からの脱出、画廊のスタート

ジジイ梅 悪いことが重なったんですね。

アコさん いや~、もう、大変。今はポイントだけ話してるけど、これ細かく話してたら何千ページの本になるわ(笑)。

ジジイ梅 そういう大変な状態の中で画廊をスタートされたんですか?

アコさん いろいろと考えたりやった結果ね。
英字新聞のカメラマンもやったんだけど、バス代ぐらいにしかならない。広告会社に雇って貰おうとしたら、商業写真用のカメラを持ってないと駄目と言われるし。
2人の子供抱えて、普通の事務員なりやっても暮らしていけないし、何か自分自身で商売をするしかないという結論になったのね。

ジジイ梅 躊躇はなかったですか?

アコさん 子供がね、もう高校3年生になってたんだけど、「ママの好きなことをすれば良いよ。私、卒業しても、すぐに大学に行かなくていいし。もし、うまくいかなかったら日本で新聞配達をすればいいじゃん」って言ってくれてね。
それに後押しされて、画廊を開いたの。1990年ね。

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」
自分の感性で作品を選んでいる

■展示会も開く画廊として評判を確立

ジジイ梅 良いお子さんですね…。

アコさん ところがね、話を後でよく聞いてみたら、新聞配達をするのは彼女じゃなくて私だったんだって(笑)。
その後、彼女はUCLAに留学してね。彼女自身も一生懸命アルバイトしたし、下の子もモデルや女優の仕事をして援助をしたりして、無事卒業出来たの。
一時期、ニューヨークで働いていたんだけど、今は通訳のバイトをしながら画廊を手伝ってくれているわ。

ジジイ梅 スタート当初から同じ場所ですか?

アコさん ええ、大家さんが親切な日本の方でね。ラッキーだったわ。上は住居として使ってね。
でも、やっぱり最初は大変でね。現金がなくなって、宝石を二束三文で売ったこともあったなあ(笑)。

ジジイ梅 転機が訪れたのはいつですか?

アコさん 当時から、展覧会を企画していたの。私が「これは良い!」と感じたアーティストを選んでね。うちの画廊でするだけでなく、日系デパートの展示スペースを使うこともあったり。そういうことをする画廊は他になかったの。
そういう実績を買われてね、バンコクのカンボジア大使館で、友人のタイ人女性アーティストの展覧会開けたの。テープカットの時は、当時のチュアン首相も見えてね。テレビや新聞の取材陣で一杯(笑)。

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」
画廊があるのはソイ49&51の間

■タイ人アーティストの独自性、才能発掘のポイント

ジジイ梅 タイのアーティストならではの傾向ってありますか?他の国と比べて?

アコさん 絵の発想が自由かな。別な言い方すると、天衣無縫(笑)。デッサンの基礎とか出来てなくても、平気で売り込みにくるもの(笑)。
私も性格が性格だから、ストレートに評価するの。駄目な人には「あなた、タクシー運転手でもした方がいいわよ」とか辛辣にコメントするわ(笑)。でも、不思議なことに大抵、また絵を見せに戻ってくるわね。

ジジイ梅 なんでですか?

アコさん 他にちゃんと批評をしてくれる人がいないから、ですって(笑)。

ジジイ梅 アコさんが才能を見い出す際、重きをおいていることは何ですか?

アコさん 絵が訴えかけてくる力を素直に感じること。上手い下手は関係ない。子供が無心で一生懸命に描く絵が持つようなね。
上手い下手の前に いい作品は、必ず作品の中から観る人の心に迫ってくるものがある。 子供の作品がいいのは、無心で一生懸命描いた心が伝わってくる。
反対に、これ見よがしのテクニックを使い誤魔化している絵が私は一番嫌い。

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」
画廊でのアコさん

■多くの人たちに支えられて20周年

ジジイ梅 今年(2010年)は画廊の20周年。記念していろんなイベントを行っているんですね。

アコさん ええ、20周年にかけて20人のアーティストの作品を集めたの。こういう合同展示の時ってアーティストは過去の作品を出すことが多いんだけど、「新作が欲しい」って無理に頼んでね(笑)。
「新作じゃなければ駄目」って、はっきり強く頼んだ。
バンコク・アート&カルチャー・センターでの展示(2010年8月3日~9月5日)を皮切りに、今はこの画廊と紀伊国屋の店舗で作品を飾らせて貰っているわ(2010年12月31日まで展示)。

ジジイ梅 20周年にふさわしいスケールの大きさですね。

アコさん これまで100回以上の展覧会を主催してきてね。ある意味、集大成かな。
オープニングのパーティーの際は、どうしても都合がつかなかった2人以外、18人のアーティストたちが各国から来てくれたの。みんな自腹で飛行機に乗ってね(笑)。
このアコ画廊の展覧会をきっかけに、国際的なショーで取り上げられるようになったアーティストもいます多いの。だから、恩義を感じてくれているのだと思う。
集まったアーティストたちに頼んで、1枚のキャンパスに共作して貰ったりもしてね。彼らってプライドが高い人が多いから、そういうことってあまりしないのよ普通は。
でも、私のお願いということで聞いてくれた。
ああ、こういう人たちに支えられてこの画廊は成り立っているんだなって実感したわね。

■ここがアコ・アート・ギャラリーのお薦め!

*20周年記念の展示会を開催中!花をモチーフにした美しい水彩画を描くソンブーン女史、社会派画家のワッサン氏、ベトナムの有名画家レ・タン・ツー氏などの作品をまじかで見られるチャンス。

*額入れサービスも予算に応じて行っている。

AKKO ART GALLERY(アコ・アート・ギャラリー)

919/1 Sukhumvit(between Soi 49&51)
TEL:02-259-1436
HP:http://www.akkoart.com

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」 アコさん
「アコ・アート・ギャラリー」正面の様子

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」 アコさん
アートに気軽に触れられる

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」 アコさん
在タイ日本人画家、阿部恭子さんの作品

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」 アコさん
20周年記念パーティーでの合作

第2回 「アコ・アート・ギャラリー」 アコさん
社会派ワッサン氏の作品

ジジイ梅のあなたに会いたかった

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