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第208回 3年ぶり4回目、いとたくVISAランの旅 in ヴィエンチャン

2014年10月17日 配信

2014年10月17日掲載

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 5年連続10回目。”紅白歌合戦”の出場回数のように聞こえるが、実はこれ…俺のVISAランの回数な訳でしてね。ワーパミをちゃんと持っていてこの回数は多いよな、殆どはRajpracha Thailand FCでの選手時代と毎年のように転職をしている影響なんだけどね。今回はワーパミの切替という事でタイ国内で通常なら行えるんだけど…かくかくしかじか有りましてね、ラオスに行く事になりました。ちなみにラオスへは3年ぶり4度目。

 1度目は大型VANにて、チームが”書類を揃えたから行って来い”というもの。「行って来い」と投げられても…自分でVISAラン会社を調べて行って来たのだけれど、必要であったnon-Bビザが「書類不備」という事で取得出来ず。お願いしたVISAラン会社が”サッカー選手という特別なケース”を扱ったことが無く、手続きを間違えたみたいなんだけどね。

 2度目も大型VAN。VISAランツアーで一緒だった欧米人女子達の時間は守らない、「レディーファースト」と並ばない等々常識を超えた行動の数々にイライラしながらの旅。「○○の国の人がツアーに入ると通関が遅くなる」等の通関に関する都市伝説的な豆知識が結構得られたのは収穫だったかな。

 3度目はタイ人代理人と一緒、彼の車にて。この時は戸籍謄本の英文のモノが無く…日本語で書かれた原本をダメもとで提出したら通ったというミラクル。更にタイ国内に帰りワークパーミットの申請をするも書類不備、しかし担当された役員が”元サッカー選手”という事で大目に見て貰えたという再度のミラクルが続いた。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 今回は飛行機にてUdon Taniまで、出世したなぁ(!?)。数年前までは大使館内に入らなくても手続き出来ていたものが…段々と面倒くさくなっているんだね。ちなみに前回は手続き用の番号札を「50番台なら200Bath、100番台なら100Bath」とダフ屋のおっちゃんみたいな人達が売っていた。今は厳しくなっていて日付の入った手書きの番号札を受付で受取、書類提出等全て本人がしなければいけないみたい。書類提出、料金支払い…翌日のVISA受取ととにかく待たされる。めっちゃんこ苦痛でやんした。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

 タイでプレーする日本人選手へのVISA&ワークパーミット発給に関しては、残念ながらチームによってマチマチというのが正直なところ。俺もオーバーステイさせられた本当に適当なタイ人が未だVISAマスターの第一人者という事で牛耳っている世界で、チームに担当者がいないと本当に苦労すると思う。これを改善していくのも選手代理人の仕事だと思うのだが…何故か何人かの代理人達は俺の電話番号を教えて「実はVISAの問題で…」と選手から直接連絡させて来る。まぁある程度の知識はあるのでしっかりと解決策を教えては挙げるのだが、毎回思う…「これは(代理人)、あなた達の仕事でしょ!?」。中には弱音を吐く選手なんてのもいる、分かる…分かるよぉお前さんの気持ちは痛いほど!!って事で過去の俺の(VISAによる)不幸体験を伝え、「君は”いとたく”よりはマシでしょ」って勇気づけてあげる。「これも(代理人)、あなた達の仕事でしょ!?!?」

 異国の地で助っ人としてプレーする外国人である日本人選手達には是非とも”お金””VISA&ワークパーミット””食事”のストレスを感じさせないで集中してサッカーが出来る環境を整えてあげたいよね。まぁ今回の旅でラオスのサッカー事情についての情報収集も出来たし、是非ともバンコクでの教え子達と共にラオス遠征なんてのも近々実現していけたらよいと新たな志を持てたかな。VISAランとしてはもう行きたくないけど…。

「夢追い人」のタイサッカー珍道中

「夢追い人」のタイサッカー珍道中


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand

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