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第107回 突然ですが、タイサッカーの世界に舞い戻ります

2013年3月30日 配信

2013年3月30日 掲載

「夢追人」のタイサッカー珍道中

2012年は俺にとって選手としてサッカーを諦める為に奔走した年となった。3月中旬に突然の引退を決めてバンコクで就職活動、日系企業の面接や人材派遣会社での英語とタイ語のテストに追われた1ヶ月。ソンクランをただの“水かけ祭り”と捉えていたので、なかなか就職が決まらなくて居た堪れない気持ちになっていた。この時期に日本に帰国していた家族とスカイプで話す度に凄く淋しい思いをしていたし、逆に“やらねば”とパワーを貰っていた。

  日系の一般企業に拾って貰って5月からセカンドキャリアをスタート。体育会系で英語もタイ語も話せない俺は、理系の仕事でタイ語が重宝される職場で本当に無力に思えた。 “ここで食らいついてかなきゃ”と必死に頑張った。だけど不器用な俺、接待や訪問の度に“人付き合いが下手だなぁ”と変化しなければいけないと大いにプレッシャーを感じていた。

  “選手としてまだやれる”と感じていながら、試合会場に記事を書きに足を運ぶようになった。でもボールは全く蹴らなかった、自分から必死に遠ざけていたように思う。9月から週末だけ子ども達に指導をする機会をいただいた。週末というだけで試合の帯同等も多かったんだけど、“子ども達の武器を増やしてあげる”という意味で自分の気付きを子ども達に投げかけて、考えてそれを自身練習して身に付けてくれればと願っていた。子ども達への指導の世界を知れば知るほどもっと関わって行きたいと思うようになっていった。

  2013年に入って、自身の引退イベントやアマチュアリーグ参入を通して“1年サボるとこんなにも動けなくなるんだ”という事を痛感。職場で伸び悩みではないけれど上手く行かないことで“俺じゃなくても良いのでは…”と感じ始めてしまった。子ども達の練習では“伊藤コーチ”、TPLのスタジアムやアマチュアリーグの試合で“いとたくさん”と声を掛けて貰える事で一度は全てを捨てて再出発を図ったセカンドキャリアであるが“俺はやっぱりこっちの世界で生きていく方が良いのでは無いか”という思いから“帰りたい”という気持ちに変化していた…。

 という事で、会社を辞め4月からバンコクのinfinitoというクラブでサッカー指導をしていくことに決めました。と同時にタイサッカーの魅力にもどんどん触れさせて行きたいと思っています。それと同時に今までやって来たサッカーに係わる事もパワーアップして継続させていくつもりです。“夢追人コラム”“試合観戦レポート”“Regista in Thailand”の活動に“チャリティーの活動”も…中途半端に参入してしまっているアマチュアリーグでももう一度身体を作って再トライもしていこうと思う。

  “サッカーとは腐れ縁”と勝手に捉えて付き合っていこうってね。そこでタイサッカーならではの笑えるネタを収集して、コラムで紹介していけたらと思う。そんなこんなでこれからもお付き合いください。


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand

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