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第50回 タイでプレーする意義の変化

2012年9月21日 配信

2012年9月21日 掲載

「夢追人」のタイサッカー珍道中

現在僕は38歳、僕の世代からすると海外は活躍の場を求めてという選択肢になる事が多いかな。僕自身日本で夢の舞台であったJの舞台に36歳で立ったけど、怪我ばかりで本当に不本意なシーズンだったから、もう一度ひと花咲かせようと思っての渡タイであった。
僕の下の世代もやはり活躍の場を求めてという考えの元にやってくる選手が多いが、ここに”再びJの舞台へ”という思いを重ねる選手が多いかな。実際タイやインドネシアで活躍して、再びJの練習に参加して契約を勝ち取るといった選手も多く見られる。
僕が高校や大学でプレーしていた時は将来活躍の場を海外に求めるという事自体想像も付かなかった。日本のJリーグが開幕したのは大学1年の時、テレビに映し出された華やかな世界は、自分には異次元な場に感じられた。選手としての実力に自信を持てなかった自分は、社員契約をしてくれるチームという事でNTT関東(大宮Ardija)を選択した。
この頃の海外というイメージは誤解を生じなければ良いが「日本でプレーする場がなくなった選手達が選択する」というものだった。だから絶頂期の三浦和良選手がイタリアに挑戦した事に驚きを感じたけど、小倉隆史氏がオランダ留学の道を選択した事には何故!?という印象を当時は持った。
大宮時代にスペイン人コーチがいて、僕は彼に非常に可愛がって貰っていた。ある時退任が決まったこのスペイン人コーチが僕の事を呼び出して「スペインの2部のチームだけど、一緒に行かないか!?」と言われた時は正直海外は選択肢に入って来なかった。次年度のJ2リーグ参入が決定していた大宮Ardijaで試合に出ていたし、ここでも将来の安定を考えてプロよりアマでいたかったというのが最大の理由だった。次年度の契約は勝ち取れなかったけど、僕はもし契約をする事が出来ていたら、アマチュア登録でやらしてもらおうと思っていた。
現在ではサッカー留学等Jリーグや大学に所属しながら若くして海外に触れる機会が多くある。ユース年代でもチーム間の国際交流も最近は盛んになってきているしね。そんな中でタイプレミアリーグで活躍する日本人も若い世代の選手達が多くなってきている。彼らの中では海外という抵抗はもう無いのかもしれない。そして彼らはタイをステップにしてヨーロッパへ、更に上の高みを目指している選手が殆どである。
僕も”彼らと同世代でタイに来ていたらどうなってただろう”と想像する事がある。でも彼らのように”更なる高みへ”という明確な目標は持てたかどうか。だからタイでの活躍をステップにして羽ばたこうとしている”夢追人”を見守り、応援する事が今は本当に楽しく感じられている。このようにちょっと視点を変えて選手達を追って見るのも違うタイサッカーの楽しみ方の一つかもしれませんね。


伊藤琢矢(いとたく)

アマチュアに拘りプレーを続けた20代。33歳でのプロ契約を期にJリーガーを目指す事に。大宮・岡山・北九州とJリーグ昇格に携わり、自身は36歳でJのピッチに立った。2011年よりタイに活躍の場を移した「夢追人」。
いとたくブログ『夢追人』
Regista in Thailand

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